お兄ちゃん不在の日
今日は旅行に行きます、もちろん友人とです。
お兄ちゃんを置いていくのは後ろ髪を引かれる思いですが、あまりにも人付き合いが悪いと詮索されそうなので適度にごまかしています。
お兄ちゃん……大丈夫でしょうか?
もしかしたら体調が悪くなっているかもしれない、もしかしたら怪我をしているかもしれない、もしかしたら他の女を連れ込んでいるかもしれない……
ああ! この実が焦がれる思いをどうしろというのでしょう!
なにやら知り合いが隣で彼氏がどうのこうのいっているけれどそんな些末なことは私の耳のフィルタリングでまったく入ってきません。
まるで私の耳にお兄ちゃんの苦しんでいる声が聞こえてくるようです。
私は気もそぞろにお兄ちゃんのことを考えていました。
旅行といっても日帰りなのですがやはりお兄ちゃんのことが気になります。
そんな顔をしていると友人に不思議がられました。
「楽しくないの?」と訊かれましたが、お兄ちゃんと一緒じゃないのに楽しいはずがないでしょうに……
どこかのテーマパークに行きましたがお兄ちゃんと一緒に来たかったとしか思いませんでした。
お化け屋敷でお兄ちゃんに抱きついたり、観覧車でいい雰囲気になったり……憧れます。
おっといけない、ニヤけ顔が出ていました。
ジェットコースターとかお兄ちゃんと乗ったら絶対楽しいやつじゃないですか!
絶叫マシンに弱いお兄ちゃんを介抱するイベントまで行けますよ!
私の片割れであるお兄ちゃんと引き離されるのがこんなに苦しかったんですね……
友達が私のことを心配そうに見ていましたが、私はそれを悟らせません、理解されるとは思っていませんからね。
愛が深いほどそれから離れる苦痛は比例して増えていきます。
今の私は羽をもがれた鳥のようです、お兄ちゃんが居なければただ地を這うしか出来ない存在なのです。
こんなことなら……こんなことならお兄ちゃんにスマホを持たせておくべきでした……
多分お兄ちゃんなら緊急通報はしないでしょう、お兄ちゃんを信じられなかった私への罰ですね……
ふと、お土産ショップが目に入りました。
これは是非お兄ちゃんにお土産を買って帰るべきでしょう!
ショップに入ると混雑しながらも商品が売り切れている様子はありませんでした。
ぬいぐるみなどが目に入りましたがお兄ちゃんにあげるには少々違うでしょう。
チラリとポストカードが目に入りました。
私は一枚手に取るとそれを精算しました。
それからのことはよく覚えていません。
頭の中はお兄ちゃんに送るポストカードに書くメッセージをなんにするかで一杯でした。
そうしてしばらく悩んだ末に……
『月が綺麗ですね』
と書いてお兄ちゃんの部屋に持っていきました。
お土産をお兄ちゃんは受け取ってくれましたが、いろいろ買った底の方にあるポストカードにちゃんと気付いてくれるでしょうか……私はドキドキしながら部屋を後にしました。
そうして寝る前に――お兄ちゃんの部屋は地下で月が見えないことに気付いたのでした。




