大抵の悩みはコーヒー一杯飲んでいる間に解決する物だ
「あーもう、疲れました。これはお兄ちゃんに優しくしてもらわないと私のメンタルが持ちませんね」
私はゲーミングPCで3Dモデルをグリグリ動かしながら愚痴を言う。
「大体コンピュータが使えるからって何でも出来ると思ってるのが間違いなんですよ……」
最近のバイト先ではモデリングが出来る人材がいないわ、そもそも3Dモデルを動かせるPCがスペック的にないわで結局貧乏くじを引くはめになりました。
三次元CADを閉じてお兄ちゃんの部屋へと向かう――昔のお値段数十万円に比べたらサブスクリプションは安いと思う――などと思いながら、ドアにPINを入力しカードキーをスキャンする。
「おにいちゃああああん! 慰めてください……」
「うわっ! 何だよ急に!?」
私はブラックな今のバイト環境について延々と愚痴った、そこには多少グレーな話だったり労基的にアウトな話だったりもあったりする。
お兄ちゃんはひとしきり聞いた後で私をまっすぐに見てくれた、それがたまらなく嬉しくて……私はお兄ちゃんに飛び込んだ。
お兄ちゃんは私の頭に手をあて褒めてくれた。
「よく頑張ったな……本当は俺がなんとかするべきなんだろうけど……」
「いえお兄ちゃんは外と関わらないでください、ただの愚痴なのでお兄ちゃんが気に病む必要は全く無いです」
お兄ちゃんは「ぶれないなぁ……」と言い私のぶちまけトークにしばらく付き合ってくれた。
私は一通り愚痴った後、お兄ちゃんに甘えすぎたと反省しました、私はお兄ちゃんに甘える存在ではなく甘えられる存在にならなければダメなんです。
「お兄ちゃん……その、借りを作りたくないので出来れば何か私にお願いしてくれませんか? それで、今日のことはチャラって……都合いいですかね?」
自分でもあまりに都合のいいことを言っているのは分かっている。でも、私はお兄ちゃんより上にいないといけないのです、保護者が被保護者より泣き虫なんて笑えない話ですからね。
「じゃあ……一杯コーヒーをいれてくれるか? 水道水ばっかり飲んでて味気なかったんだ」
お兄ちゃんはそんな些細なお願いでいいのでしょうか? 私に遠慮している? それとも私に対したことは出来ないと思っているんですかね?
でも、きっとそれは優しさなのだろうから、私が言いだしたことだしちゃんとしなくっちゃね!
私はキッチンに行きコーヒー豆をコーヒーメーカーにいれる、水を入れてスイッチを入れれば豆が挽かれてドリップまでしてくれる全自動式だ。
お兄ちゃんの頼みということでいつもより多めに豆を入れる、サービスは怠らないのが私だ。
ゴゴゴ……とミルがまわり、沸騰した水がドリップに使われる。
もちろんお湯の量は二人分です、私もお兄ちゃんと一緒にコーヒーが飲みたいですから。
ふつふつとお湯が沸き、コーヒーがドリップされるにつれて苦さを感じるいい匂いが部屋に広がる。
ドリップの音が止まったので水が残っていないことを確認して二つのマグカップにコーヒーを注ぎます。ちなみにカップはもちろんおそろいの品です。
そう言えば砂糖とミルクが要るのか訊いていませんでした!
私は少し悩んでミルクポーションとスティックシュガーを一緒のお盆に乗せて持っていくことにしました。
一通り終わったので二つのカップを乗せたお盆を手にお兄ちゃんのところへ行きます。
「お兄ちゃん、コーヒーはいりましたよ?」
「ああ、ありがとな」
「いえ……」
本当はもっとお兄ちゃんに必要とされたい、こんな些事ではなくもっと大切なお願いをして欲しい、でもきっとそれは今の私では力不足なのでしょうね……
「どーせまた悩んでいるんだろ? どっかのアニメでも言ってたぞ『大抵の問題はコーヒー一杯飲んでいる間に解決する』ってな」
「私は紅茶党なんですがね……」
「たまにはいいだろう、今日はコーヒーでお茶会をしよう」
私はそれからしばらく、上の空でお兄ちゃんと会話をしながらいつかはお兄ちゃんの『大事な人』になれることを祈っていました。
お兄ちゃんがいれなかったので私も使わなかった砂糖とミルクのないコーヒーは苦くて、まるで私の心を洗わしているかのようでした。
そうして、私は明日に期待して今日を終えました。




