妹のライフログ
ピンポーン
玄関のチャイムが鳴る、心当たりは一つしか無いですね。
宅配業者の人から段ボール箱を受け取り私はウキウキする。
届いたモノは茶色い段ボール箱、この中にお目当てのモノが入っている。
かさかさ……ジャジャーン! リアルフォース!
どこぞの猫型ロボットのごとく箱の中身を取り出す。
中身は一見普通の灰色とベージュの色しか見当たらないキーボードだ。
「さて、お兄ちゃんとの愛の記録を残すとしますか」
私は自室でPCにキーボードを繋ぐ、今では少しだけ減ってしまったUSB-Type-Aのポートに差し込む。
スコスコ、カタカタ……
うーん、やっぱり万単位のキーボードは違いますね。
私はvimでお兄ちゃんとのやりとりの記録を残しながらいい気分になる。
え? 別に普通のキーボードでもいいだろって?
それは愚問というものです!
お兄ちゃんが私にとって特別な人ならその記録を残すための道具だって特別な物を使うべきなんです!
Windowsでvimを使うというなかなか出来ない――普通はしない――事をしながらお兄ちゃんとの思い出の海に揺蕩う。
ああ……やっとここまで来たんですよねえ……
私がお兄ちゃんを思い続けて十余年、ついに私の物になったお兄ちゃん、愛しい愛しい私のたった一人のお兄ちゃん……
人は執念とも呼ぶのでしょうが、私にとっては純粋な愛情です。
さて、今日も思いで作りに行かないとね!
「お兄ちゃん! 一緒に既成事実を作りましょう!」
「不規則発言の自制を求めます!」
お兄ちゃんはなんだかんだでノリがいい、やっぱりお兄ちゃんは私のことを好ましく思っているのではないでしょうか?
これはワンチャンどころか可能性の獣と言ってもいいでしょう。
「お兄ちゃん! 愛してますよ!」
私がお兄ちゃんに思いをぶつけるとお兄ちゃんは応えてくれる。
「やめとけ、ロクな事になんないぞ。お前には未来があるだろうが……少なくとも、俺よりは明るい……」
お兄ちゃんは分かってないですねえ……私の大半はお兄ちゃんの影響で出来てるっていうのに。
そんなシンプルな私の存在理由さえも分からずに私のお兄ちゃんをやってるんですからもどかしいったらないです。
でもまあ……そんなところも好きなんですけどね。
だってお兄ちゃんはいつも妹のことを考えてくれますから。
きっとお兄ちゃんは私のためなら死さえ平気なのでしょう、私がお兄ちゃんのためなら手段を選ばないのと同じように……です。
「っと……今日はそんないつもの告白をしに来たんじゃないんですよ! お兄ちゃん! 覚えてますか? 今日でお兄ちゃんが私の物になって二月目ですよ?」
お兄ちゃんは呆れたように言う。
「お前の人生で一番不毛な時間が始まって二ヶ月か……」
「何を言ってるんですか? 私が生きてきて最も充実した二ヶ月ですよ?」
お兄ちゃんは会話を諦めたようで私から顔を背ける。
「ほらほら、私がお兄ちゃんが確かに生きていたって記録を付けるんですからちゃんと私と向き合ってください!」
私はお兄ちゃんとの愛の日記を残すという使命があるのです、それをまったく理解してくれていませんね……
「おにーちゃーん……好きですよー」
私がお兄ちゃんの腕に私の腕を絡める、あまり大きくないが胸を押しつけて反応を伺う。
「こら……やめろ……」
お兄ちゃんは露骨に顔を赤くしている。
とはいえその先は両者の合意の上で進むべきだと想っている私はそこ以上には踏み込まない。
私は記録を残すためにしっかりと頭の中のHDDにこの場の様子を書き込んでいく、いや、私の頭の回転の速さからするなら大容量SSDといった方が適切だろう。
「お兄ちゃん、いつかこれもいい思い出になりますよ?」
私がお兄ちゃんをギュッとするとお兄ちゃんは少し寂しそうに私に視線をよこしてくる。
そこは嬉しそうにする場面だろうに……お兄ちゃんは女の子の気持ちが分かりませんね。
とはいえ私以外の女の子の気持ちを理解する必要も無いのでこれもいいかもしれません。
私はお兄ちゃんから少し名残惜しく離れる。
お兄ちゃんは安心した様子と少しの寂しさ――であって欲しいと思う――を湛えながら私のことを見ていた。
うん、今日はきっと良い日ですね!
私がお兄ちゃんの素晴らしさを記録しようと思った日にこんな初々しい反応がもらえるとは……
「じゃあお兄ちゃん、今日はきっと私たちの将来にとって大切な日になりますよ。いえ、いつでもお兄ちゃんとの日々は大事ですけどね」
「はいはい」
お兄ちゃんは素っ気なく私を見送る。
少しだけ不満が無いとは言えないが、その不安もきっと将来は愛しく思える感情なのでしょう。
とりとめもない事を考えながら私はvim diary.txtを開いてiキーを押す。
入力モードになりカタカタと私とお兄ちゃんの今日の記録を書き込んでいく。
Escを押して:wと入力して今日の記載に不備がないことを確認する。
うん! いつだって私とお兄ちゃんの日々は完璧だ!
私はスマホのカメラでこっそり撮った今日のお兄ちゃんの写真を見ながら、これをプリントして部屋に貼ろうと考え、部屋の壁がお兄ちゃんの写真でいっぱいなことに気付き、これはデータだけにとどめておこうと決めました。
 




