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お兄ちゃんの記憶、妹の願い

「私、大きくなったらお兄ちゃんのお嫁さんになる!」


 妹が初めてそう言ったのは何歳の時だっただろうか?


 妹のかわいらしい願いはずっと変わらなかった。

 え? 反抗期? 何だっけそれ?


 まあこうして俺たち兄妹は少しの求婚以外は普通の兄妹として暮らしていたのだった。


「お兄ちゃん! 朝ご飯ですよ!」


 俺は現在中学三年生、もうじき高校に進学する、その事について妹は『絶対に私の目が届くところ』と主張して譲らなかった。

 妹のほうが家庭内ヒエラルキーが高かったため俺は近所の高校へと進学することになった。

 いや、別にその事で妹を恨んでいたりはしない、別に高校がどこだろうが学ぶ意欲さえあればなんとでもなるだろうし、正直なところ俺も妹と離れたくはなかった。


 だから俺は市内の高校を受験したし妹もそうするだろう、


「ほらほら、お兄ちゃん、早く食べてください、今日から新しい生活なんですよ」


 ああそうだった、今日から高校生活が始まるんだった。

 いつも通りの反応に言われるまで気が付かなかった。


 少し寂しいな……ソンなことを考えながら朝食のコーヒーを飲んだ――途端意識が暗転した。


 ――

 いてて……なんだろう? 俺は高校に行く前にコーヒーを飲んで……

 だめだ……そこから先の記憶がない。


 周囲を見渡す、黒一色の壁にドアが二つ付いている、他にある物は……上を見ると天窓が付いていた、すすけた煙突のように真っ黒で青空が四角く切り取られている。


 異世界転生……いやいやまさか……こんなハードモードで送られてたまるかっての。


「ステータスオープン!」


 一応お約束をやってみるが当然何も出てこない、酷く自分がバカみたいに思えた。


「とりあえずドアを開けてみるか……」


 俺は立ち上がって一つのドアの前に立つ、もし開けた瞬間モンスターに襲われたら……などとしょうもないことを思うが、おそらくここは現実だ、物理法則をねじ曲げるほど理不尽な目に遭うことはないだろう。


 ドアは二つ、一つは比較的清潔な白いドア、もう一つはしばらく開けられたことがなかったのだろうすすけたドアだ。


 綺麗な方から開けよう……

 わざわざ危険そうな方から手を付けることはない。


 キィ……と音を立ててドアが開くとそこにあったのはユニットバスだった、ベージュ色の壁にトイレとバスタブが付いている。

 俺はしばらくドアの前で固まっていた。


 いやいや、至れり尽くせりな監禁なんてないだろう。

 おそらくこれは得体の知れない場所に違いない。


 バタン


 俺はお風呂のドアを閉めるともう一つのドアに目をやった。

 ものすごく開けるのは気が進まないが部屋はツルツルした真っ黒の壁で覆われており他に何もない。

 必然、選択肢などないわけで渋々ドアノブに手をかける。


 ガチ……


 ガチ……


 二度ほどドアノブをひねってみたが鍵がかかっているらしくまったく開かなかった。


 こうして俺は謎の空間に閉じ込められることになった。


 ――


 こうして幾日か経ったかと思った頃、ギギィ……と鍵のかかったドアが開いた。


 眩しい蛍光灯の光が差し込んでくる。

 そこには妹が立っていた。


 妹……何故ここに?


「お兄ちゃん……気は変わりましたか?」


 そんなことを聞いてくる……変わる? 何がだ?


「ええっと、お前は俺の妹で間違いないよな?」


 妹は顔を輝かせながら返答する。


「はいっ! お兄ちゃんの愛しい愛しい妹ですよ!」


 脳がオーバーフローする、意味が分からない。

 妹がこの部屋の鍵を開けた……じゃあこの部屋は……


「まったく……お兄ちゃんは世話が焼けるんですから……ここまで運ぶの大変だったんですよ?」


 待ってくれ、ここに運んだのは妹? え?


「はぁ……お兄ちゃん、なんでここにいるのかも分かってないんですね……」


「いや分かるわけないだろういきなりこんなところに……」


 ふと考えた、俺はここに来る前朝食を食べていたそして『妹』のいれたコーヒーを飲んだ……


「まさか……お前……」


「ふふふ……私のモノにならないお兄ちゃんが悪いんですよ? 義務教育中に失踪すると大変ですからね……ああ……我慢の日々でした……それがついに……お兄ちゃんが私の物に……」


 どうやらあのコーヒーは一服盛られていたらしい。

 しかしなんだ? 『私の物』?


「お兄ちゃん? 覚えてないんですか? 私のことお嫁さんにしてくれるって言いましたよね? 私はちゃんと覚えてますよ、あの時のお兄ちゃんには後光が差して見えました」


「お兄ちゃんが悪いんですよ? 私の思いに気付かずすっかり私の愛の告白をさらりと流して……私はずっと我慢してたんですよ……それなのにお兄ちゃんと違う学校に通うとか……気が狂いそうじゃないですか!」


 俺は背筋に寒い物が走った、まさかずっとアレを本気で言い続けてたのか……?

 ゾクゾクする……逃げたい、今ならあのドアが開いてるんじゃ……


「あ、あのドアは私の生命反応とリンクしてて私が死んだら二度と開かないのでお気を付けて」


「お兄ちゃんが私のモノにならないなら一緒に死にましょう?」


 選択肢はなかった……


「じゃあ今日の晩ご飯を食べましょう!」


 妹が持っていた箱を開けるとオムライスが二人分入っていた。


「はい、どーぞ!」


 オムライスにはケチャップでハートマークが描かれていた……


「あ、これやりたかったんですよね……はい、あーん」


 俺の口に差し出されてくるスプーン、正直大丈夫だろうかと思う……まあ見た目普通だし大丈夫だろう……なにより断ったらあとが怖い。


 ぱくり。


 口の中に甘酸っぱいケチャップの味が広がる、美味い。

 これが自由の身で食べていたなら本当に美味しかっただろうなと思う。


「美味しいですか」

「ああ」


 もぐもぐ……パクパク……


 黙々と食べ続け皿が空になった。


「ごちそうさま」

「はい、お粗末様です」


 沈黙が流れる。


「なあ、そろそろ出してくれないか?」


「あら、私のモノになる気になりましたか? それは結構!」


「ならない! 俺はただ普通に暮らしたいだけだよ!」


「それじゃダメですね、お兄ちゃんには私の物になってもらわないといけませんからね」


「なんでそんなに俺にこだわるんだよ? お前可愛いんだからよりどりみどりだろ?」


 コイツは可愛い、贔屓目抜きにそうだと思う、だからこそ冴えない凡人の俺にこだわる理由が分からない。


「それはお兄ちゃんが私のお兄ちゃんだからですよ」

「?」


 わからない、理由は分からないが執念のような物は感じた。


「じゃ、お兄ちゃんはお風呂に入って寝ておいてくださいね、時間はたっぷりあるんですから……」


 フフフと妹は微笑みながら言った。

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