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簡単

懐かしい車に揺られて、懐かしい小学校を横目に家の駐車場にバックで駐車される。

さて、これからどうしたものか。

あまりに大人びた言動はもちろん不審だし、かと言って子供っぽい振る舞いを意識するのも恥ずかしい。


懐かしいな…

何年帰っていなかっただろう。

最後の記憶よりも少しだけ新しい玄関がやけに大きく見える。

外では子供が多く遊んでいる。

昔はそれに混ざっていたのかもしれないが、今は全く気力が起こらない。

というか、そんなことより…


「年中ってことは二十年ぶりちょっと、てことは…」

俺の脳内は悪い思考でいっぱいだった。

悪い思考なのだろうか

いや、誰だってこの状況になればこれを思い浮かべるだろう。


「株、仮想通貨…!」

正直その類のものには疎いが、世の中はまだガラケーすら台頭していないような時代だ。

これから台頭してくる株なんて大体察しがつく。

しかし


「……そう言えば俺、5歳なんだっけ」

現実はそんなに甘いものではない。

5歳の非力な少年に何ができようか。

株の売買はおろか、銀行口座の開設すらままならない。

俺は描いた夢の世界を諦める如く、家族共有のノートパソコンを閉じた。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


今夜はどうやらケンタッキーフライドチキンらしい。

月に一度ほど我が家では手抜きのディナーということで外食が恒例なのであるが、父が早く帰れない日はこうやってテイクアウトを買ってくるのだ。


俺はおもむろにチキンを手に取る。


「鉄平がリブなんて珍しいな」

「確かに、いつも食べやすいドラムなのにね」


俺はここでミスを犯してしまった。

ブラック企業時代の名残で、少しでも長く味わえる胸肉をチョイスしてしまったのだ。

子供はドラム。これ鉄則だよね


「あ、うーん、たまたま!!」

「父さんがリブ好きなのに、まぁ仕方ない、今度からは二つ買ってこようか。」


なんとか難を逃れたようだ。

このように日常の些細な部分にギャップがあるため、俺はこれからも細心の注意を払って生きていかなければならない。


「ところで、来週はみかん狩り遠足だな。」


その父の一言で俺の記憶が呼び起こされる。

そう、年中組にはみかん狩り遠足というビッグイベントがある。

俺はこのイベントを楽しみにしていた。

このイベントはうちの幼稚園の目玉的なイベントで、毎年園児は持参したリュックにみかんを詰め込み、詰め込みすぎて、みかんの自重で下の方のみかんが潰れてしまう有様なのである。

しかし、

俺はこのみかん狩り遠足に参加できていない。

理由はトイレに行っている間にバスが入ってしまったことだ。

今思えば、トイレに何も告げずに行った俺も悪いし、園ももちろんわざとやったわけではない、ただ点呼確認不足だった。

言ってしまえばただの不慮の事故なのだが、その時の俺は楽しみにしていた遠足に行けないという事実があまりに絶望的過ぎて大いに先生を困らせ、挙げ句の果てに近所のスーパーで代わりのみかんを買ってきてもらうが、しかし満足できずに、みんなが帰ってくるまで泣き続けたという、軽いトラウマである。


「そんなこともあったな」

誰にも気づかれないように小さく呟き、布団に入る。



みかん狩りまで後2日。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「おはようございます」

「おはようございます」


土曜も元気に幼稚園はやっている。

今日の俺はただ時間を過ごすために幼稚園に来たのではない。

確かな目的があってここに来たのである。

それは


「みかん狩り遠足に万一にも参加できないことがないようにする…!」

あの時できなかったことをしたい。

それはいくら大人になったとは言え当然の心理である。

あの時の原因は俺が腹を下したこと。

と、いうことは、あらかじめ先生に注意をするように促しておけば、置いていかれることはないということだ。

備えあれば憂いなし。


「先生、来週のみかん狩り…」

「どうしたの??」





「僕は多分、

      『お腹が痛くなるので』





、というはずだった。


しかし先生にはいまいち伝わっていない。

まるで、確信の部分だけ隠れてしまっているように。


「??どうしたの?楽しみだね〜」


園児に返す特有の曖昧な返しが、俺の意思がやはり伝わっていないことを示す。




「だから!……






………やぁ




そこに幼稚園はなく、目の前にはエセ紳士といった風な容貌の男性が立っている。


……君は未来を変えようとしたんだね



そうだ。俺はそのために過去に戻ることを選び、そしてこれから成功を収めるんだ。


……君は未来を簡単に変えようとするね。


多くの人が努力をして、必死になって、それでも獲れないものを君は簡単に獲れる。そりゃあそうだ。君は未来を知っているからね。



男の口調はだんだんと俺を咎めるものになる。


君は普通の人が獲れない愛を名声を富をいとも簡単に獲れる。じゃぁ、本来それを獲れるはずだった人はどうなるんだい?なんの努力もしていない君に


君に君に君に、そう、君に、無防備に奪われるのかい?



俺は言葉が出ない。



なら、私は君を許さない。

世界の意思に変わって君を処罰する。

運命を簡単に変えるのは大罪だからね。



まぁ、気をつけてくれたまえよ。







………………


「どうしたの??」



「いや、なんでもない!」


未来を簡単に変えることは許されない。

そんなの分かり切っていたことだ。

でも、俺はなにか期待をしていた。

上手い話なんてあるわけがない。

そんなのごもっともだ。

だが、今までの苦労を”あいつ”が汲んでくれた気がして

それで縋ってしまったのだ。

じゃぁ、同じ記憶を持って退屈に2回目の人生を過ごすしかないのか?


いーや、違うね。

俺は人より努力ができる。そんなアドバンテージを持ってる。

他の同年代の誰よりも現実を知ってる。

這い上がってやろうじゃないか。




「しかし、どうするかな」


昼休み、みんなが遊ぶ中、俺はみかん狩り遠足のことを考える。

簡単に未来は変えれない。

でも、変えること自体はできる。

まず、俺の置かれている状況は思ったよりも悪いようだ。

どこまでがセーフでどこからがアウトか。

正直、トイレに行った理由は曖昧である。

これから、悪いものを食べないように気をつけるくらいしか…


「てっぺいくん、遊ぼ〜」


ああ、彼は、、


閃いた。なんだ、簡単なことじゃないか。



「君、僕と一緒にペアを組もう」

簡単なことだ。

直接未来に干渉せずに、バスの発車前に俺を見つけてもらえれば良いのだ。


「ぺあ?」

「そうそう、一緒にみかん狩り遠足に行こう」

「いーよー」


これで彼にバスの発車前にもし俺がいなければ先生に伝えてもらう、そんな取り決めをした。





「じゃーねー」

「ばいばい」


彼とはこの後小学校、中学校と同じ学校に進むわけだが、特に仲良くした記憶はない。

幼稚園の時には、向こうから話しかけてくれるくらいには仲が良かったのに、その後仲良くしていないというだけで、その頃の記憶は無かったことにされる。

子供の記憶って案外残酷なものなのかもしれない。


さぁ、2回目は成功させてもらうぞ。

そう息巻いて、激動の土曜日は過ぎ去っていった。

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