編入試験-1
オルレウス王国、首都であるポルポアから西へ30キロほど。交易街として栄え、首都に次ぐ大都市と評されるトリニウス。シオンはアオイを連れ立って、そこに設立された魔法修練校の戸を叩いた。
「よもや、大魔女様からの推薦をこの目で見れるとは思いませんでした」
王立トリニウス魔道校。都市名にもなっている魔導士が設立したとされる由緒ある学校であり、出身に関わらず、魔法の才のある子どもを受け入れている学び舎である。
そこの現校長を務める翁──ロイ・トーラスは、柔和な面持ちで二人を出迎えていた。
「期待しているところ悪いが、この子の魔法の才は並じゃよ。じゃが野心よりも探究心が深い。アオイが新たな知見を得れば、儂にも良い刺激になりそうじゃと思うてな」
「それはそれは」
ロイはアオイに向き直ると、手を差し出す。
「ようこそいらっしゃいました。改めて、私は当学校の校長、ロイ・トーラスと申します」
「初めまして。宗方葵です」
アオイは目を見て握手を返した。ロイの柔らかな面持ちがさらに優しくなる。年齢を感じさせる顔の皺が深まり、アオイは無性にうれしくなった。
「ムナカタくん。まずは君との出会いに感謝を。長話もよろしくない。本題に移ろうね」
「はい」
「当学院では学生の習熟度に応じて指導カリキュラムを……」
後ろの方で魔力の胎動を感じてアオイが思わず振り返ると、シオンの髪の毛が重力を無視して持ち上がっていた。ロイがゆっくりと閉口していき、代わりにシオンが口を開く。
「長い」
それだけ吐き捨てるように言う。ロイは困ったようにため息をついた。
「はあ……。堪え性のなさは相変わらずでございますな」
「儂のためではない。多少堪能になったとはいえ、アオイは言葉が不慣れなのだ。気を使え」
「僕は──」
大丈夫です、と言おうとした瞬間、頬が髪の毛で抑えられ、全身を持ちあげられると正面に座り直させられる。
「そういうことですから、まあ簡潔に言うと、あなたの実力をテストして、最適な授業をご紹介する、ということです」
満足気に「それで良い」という言葉が飛ぶが、アオイは今度は振り返らずに頷いた。
「それから、あなたはご自分で魔法に関する疑問をお持ちだとか。そういったものに対するケアも、しますから、安心してくださいね」
「あ、ありがとうございます!」
アオイはぱっと頭を下げる。驚いたような感心したような声がわずかに聞こえたが、頭を上げた時に見えたロイの表情は先ほどと変わらなかった。
「ではさっそくテストをしましょうか。あまり待たせると想定外のテストをさせられそうだからね?」
「ほう?」
シオンの圧力をかけるような低い声をカラカラと笑い飛ばすと、ロイは机に置いてあるメガホンのようなものを手に取る。口の広い方を顔に向けると、それに向かって声を発した。
「イミナくん。校長室までお越し願えませんか?」
「あら、もうですか?わかりました。すぐに向かいますね」
すると、そこから陽気な女性な声が返ってくる。どうやら伝声機だったようだ。アオイの興味が向いているのを見て、ロイはまた嬉しそうに頬を緩めた。
「試験はイミナくんが担当する。それまでこの伝声機についての蘊蓄を傾けても良いですかな?」
「!」
どこか確認するような口調で、ちらとシオンを盗み見るロイ。シオンはつまらなさそうに顎をしゃくった。
「好きにせい。儂にはその気持ちはよくわからん」
アオイはもう伝声機に手を伸ばしており、ロイは頷くとそれを手に持たせた。
「これはいわゆる伝声機。指定したエリア内にある別の伝声機に音を伝えることのできる魔道器具です。商品名はコーデックスと言いまして────」
シオンは窓の外にいわし雲を見つけ、一人たそがれるのであった。