魔女の弟子-4
(あれから3年ほど。快復は当然として、よもやここまで飲み込みのいい子だとは。思いがけぬ拾い物じゃったな)
アオイ手製の朝食を頬張りながら、シオンはアオイを穏やかに眺めた。
「とはいえ流石に限界もあるかの」
「え」
シオンが何気なく口にした言葉に、アオイは手に持っていた書物を取り落とす。その瞳に僅かな絶望と大きな悲しみを見たシオンは、呆れ気味にため息をついた。
「誰がおぬしのことを追い出すものか。この大馬鹿者め。儂一人で授業をするには限界じゃと言ったんじゃ」
「そんな!そんなことはありません!」
食卓越しに身を乗り出してくるアオイを押しとどめ、シオンは落ち着くようにジェスチャーする。
「違う違う。確かに儂はそこそこ教えるのは上手いと自負しておる。それでも“餅は餅屋”じゃ。専門家には到底及ばん」
一応理解はできたようで、アオイは大人しく椅子に座り直した。
「それに……アオイ。おぬし、儂の教えた魔法、未だに理論に納得しておらんものもあるのじゃろ?」
ぎくりと肩を強張らせ、冷や汗が止まらない顔を、シオンはニヤニヤと眺める。
「ま、その類の魔法は意識的に扱わないようにしておるようじゃし、とやかくは言わぬ。だが、だからこそ学校に行かせたいのじゃよ」
アオイは少し渋い表情になった。シオンはそれを見るでもなく口遊んだ。
「己の中で未実証の魔法は――」
「魔法にあらず。それ即ち暴力なり。……忘れていません」
「うむ。……全く、本当に愛い弟子よの」
他愛のない話を続け、和やかな朝食の時間は過ぎていく。しばらくして、再び学校に話が戻ったところで、アオイがおずおずと口を開いた。
「学校に、僕なんかが行っていいんでしょうか。まだ恩も返し切れていないのに……」
それを聞いて、シオンの眉が「何を言っているんだこいつは」と片方だけ跳ね上がる。
そして一人で暮らしていた時よりも遙かに快適になった家を見回すと、皮肉を言っている可能性を探してアオイの顔を見つめ直した。
アオイは申し訳なさそうに俯いており、微塵も鼻を高くしている様子はなかった。
「おぬしなあ……。無理に自信を付けろとは言わんが、余計な軋轢を生みかねんから、やったことには誇りを持つべきじゃと思うぞ」
「やったこと……ですか?」
皆目見当もつかないと言わんばかりにきょとんとするアオイ。
(こりゃ筋金入りじゃな……。全くどこで間違えたのやら)
シオンは深いため息をついた。
「掃除、洗濯、料理に整頓。儂にも使いやすく配慮した上で完璧にやりおって。感謝してもし足りん」
「……はい」
シオンは頭を掻くと、両肘をテーブルに乗せ、手のひらに顎を乗せる。
「のう。ならば学校へ行くことこそが儂への恩返しと考えてはどうじゃ」
「え?」
「儂はこれまでおぬしへ、魔術のみならず、錬金術、精霊術と言ったマナ由来の魔法を、本気で教授してきたのじゃ」
シオンは一度言葉を切る。アオイはしっかりとシオンの目を見つめていた。シオンはわずかに頬を緩めると、言葉を続ける。
「それは何も、おぬしに武を誇れと教えたのではない。おぬし、自分がまともに喋れるようになって初めて言ったことを覚えておるか?」
アオイは一も二もなく頷いた。
「自分で生きていけるだけの力を学びたい、と言いました」
そこまで言って、アオイはピンと来たようで、目を大きく見開いた。
「儂を安心させてみよ。おぬしは幼子とはいえ、ただ守られるのは性に合うまい」
「……はい!必ず!」