魔女の弟子-3
その後、目を覚ました例の子どもは、意思疎通を図ることができず、捜査はひたすらに難航を窮めた。
「儂らを認識はしておるようじゃし、むしろ言葉が通じんことにショックを受けているようですらあるな」
すっかり意気消沈した子どもは、もはやうなだれるだけであり、衛兵もこればかりはどうにもならずに他の仕事に回り始める。
「そんなに遠くから攫われてきたのなら、リストに載っていないのも納得だけれど……。リンドバルド公国に魔術師の家系なんてあったかしら?」
「建国から30年で噂も聞かんぞ」
「……シオンちゃんお友達少ないからぁ」
「それは今関係あるまい!」
噛みつくようにシオンが言うと、子どもの肩が跳ね、恐れるようにシオンたちの様子を伺っていた。シオンとミルティは同時に愛想笑いを浮かべてなだめると、子どもから距離を取って顔を突き合わせる。
「結局あの子をどうするかじゃ。あんな危険な子を野に放つわけにいかんぞ」
「どうするって言ってもぉ」
ミルティはさらにシオンに顔を寄せる。端正な眉の形を歪め、非常に悩んでいることが見て取れた。
「バルバド王になってからは魔術師は数字で管理されちゃってるからぁ。あの子もどこかの家に入れたら問題ないはずよ」
「……その話は堂々巡りだろう。あの子が貴族の出でない以上、後ろ盾は望めまい。養子ならよもやと思いたいが、あの目では忌み子として処理されるのが目に見えておる。前時代的な貴族どもめ」
「だから、私たちでどうにかできないかしら」
シオンはため息をつき、顔を大きく歪める。皮肉たっぷりに「もう一度言ってみろ」と聞き返したくても、できない。シオン自身が、それを最善策として導き出していたからだ。
「ああクソ、子守りなんぞ何百年ぶりかもわからんというに」
「わ、私も手伝うから……!」
そういうミルティの顔には冷や汗が滝のようにあふれ出ている。
「はあ。馬鹿を言うな。大人しく儂に任せておけ」
「で、でもぉ」
「また全身蕁麻疹になって手間を増やされる方が困るわ」
「ごめんなさい……」
すっかりしょぼくれてしまったミルティを尻目に、シオンは衛兵の一人を呼びつける。
「今度は何でございましょうか……?」
三度呼ばれた衛兵は若干辟易した様子で近づいてくる。シオンはそれを意に介さず、自信たっぷりに胸を張った。
「おう小僧。例のリストにない子どもな。儂が預かることにした」
「はぁ────は!?今何と!?」
「儂が預かると言うた。何じゃ、何か不都合でもあったか?」
「い、いえ、あのですね。それは私の一存では決められませんと申しますか──」
「なぁらさっさと上の者を連れてこんか痴れ者!」
シオンの怒声に、雷が落ちた時の猫のようにすっ飛んでいく衛兵。シオンはフンと鼻を鳴らすと、うなだれていた子どもの肩に手を置いた。子どもがおぼろげな瞳でシオンを見上げ、シオンはそれをしっかりと覗き込んだ。
「安心せよ。お前は儂が育てる。大船に乗ったつもりでいると良い」
シオンの浮かべた笑顔をどうとったのかは判然としないまま、子どもはわずかに頷いたのだった。