災厄の壱-7
力を使い果たしたアルマを尻目に、アオイはさらに魔力を左眼に集中していく。やがてアオイの周りがほのかに歪み始めるほど濃密なマナが立ち込め始めたが、実精霊トリアイナも体勢を立て直していた。
「頼むぞ……!」
アオイは右手にある一筋の炎を握りしめる。トリアイナからアオイならば使えるとお墨付きをもらってなお、聖剣を握っているという実感が湧かなかった。
失敗すればすべてが消える。アオイは歯を食いしばった。
「Urrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr――」
継ぎ接ぎされた上半身が風船のように膨らみ、ため込まれた狂風が放たれる。アオイはそれに向けて聖剣を振り下ろした。
剣の訓練など、アオイは受けたことがない。ゆえに行ったのは大上段の振り下ろしだった。鞭のようにしなる一筋の炎が、荒れ狂う風の渦に触れた瞬間、アオイは鉄塊に腕を叩きつけたかのような衝撃を受け、とっさに聖剣を両手で握りなおす。
「ううっ!」
一瞬でも力を緩めれば吹き飛ばされて切り刻まれる。だがこのままでは集中が途切れ、せっかく構築していた封印門が霧散してしまう。
「く、そ……!」
じりじりと風に押され、引きずられるように後退する。足が地面から離れないよう踏ん張ることが精一杯になり、アオイは自身の詰みを悟る。
トリアイナがアオイを守ろうと空を疾駆した。だが次の瞬間、実精霊トリアイナの治りきっていない腕が触手のように蠢き、彼女の脚を捕らえる。
「この、離せ!ぐぅぅっ!?」
トリアイナはもがこうとするが、すぐにその表情は苦悶に染まった。
「この――直接ボクを取り込むつもりか!未練が過ぎるぞ!」
アオイがいくら焦っても、聖剣はびくともせず、風を押し返すことすらままならない。
「クソぉ、ダメか――!」
アオイが泣きそうな声でそう弱音を吐いた瞬間、背後で立ち上がる人影が一つ。
ランファ・サラーム。稀代の錬金術師は、今までに受けたダメージフィードバックで、鼻血を吹き、目の焦点は定まらず、限界そのものの様相を呈していた。しかし彼女は立ち上がり、アオイの存在を確かめる。
「……っ!!」
アオイに手を向けると、アオイの身を土石が覆った。ゴーレムの召喚技術によって生み出された岩石の鎧は、アオイに足りていなかった重さをもたらす。
岩石に覆われて見ることが出来なくなった背後で、大きな音を立てて人が倒れた。
「う、ああああああああああああああああああああああ!!」
アオイは全力を込めて聖剣を地面に叩きつける。一筋の炎となったそれは今度こそ風を切り裂き、その奥にいた実精霊トリアイナを頭から両断せしめた。
直撃と衝撃によって再び五体が千々となった実精霊トリアイナを見て、トリアイナは叫んだ。
「アオイ!今だ!」
岩石の鎧が剥がれ落ちる。友の託してくれた思いを胸に、アオイは左眼の眼帯に手をかけた。
「ゲート・オープン!」
露わになった複眼が怪しく輝き、巨大な魔方陣を三十二重に展開する。アオイ側から実精霊トリアイナ側へ順繰りに起動したそれは、バラバラになった実精霊トリアイナを吸い込み始めた。
渦を巻いてアオイになだれ込んでいく欠片は、その引力から逃れようともがく。
「本当に往生際が悪い!」
解放されたトリアイナが、そんな欠片を細断して魔方陣に押し込んでいった。時間にして三分ほどで、空をさまよっていた実精霊トリアイナの肉体がきれいさっぱり掃除される。
アオイが左眼を閉じると魔方陣が全て崩壊し、アオイはすぐに眼帯を左眼に付け直した。
「……終わっ……た?」
慌ててあたりを見渡せば、先ほどまで遠巻きにアオイたちを狙っていた風の精霊たちがマナへと還っていく。荒れていた空から陽光が差し込み、辺りから兵士たちの歓声が風に乗って届き始める。
アオイはほっと息を吐いて――
「アオイ!」
残された殺意に気が付けなかった。トリアイナが身を挺してアオイを庇わんと立ちはだかる。その奥から、実精霊トリアイナの残りかすが禍々しい槍と化してこちらに飛来する。
油断して完全に固まってしまったアオイの視線の先で、アオイを庇うトリアイナを、さらに庇った人影があった。
金属同士が叩き合わさったような甲高い音とともに、槍はその人物を貫き、トリアイナすら傷つけることはかなわずに霧散する。だが、トリアイナもアオイも動けなかった。目の前で倒れていくその人が信じられなかった。
大切なものを守り切ったガロードは、腹部に空いた大穴を庇うことすらせず、ただ前のめりに倒れこんだ。




