災厄の壱-6
アオイの視界が光に包まれてからほどなくして、ごうごうと猛り狂う風の唸り声がアオイの身体に叩きつけられる。
しかと目を見開いたその先で、翡翠の核が光の粒へと還っていく。そして実精霊トリアイナの骸が、その口を開き、のどを震わせた。
「トリアイナ――!」
アオイが空に手を向けたのと同時に、暴風がアオイを切り刻まんと放たれる。アオイは喉を腕でかばい、切り刻まれることを覚悟したが、恐ろしい瞬間はいつまでも訪れなかった。
「やあやあ。やっぱりボクってばタイミングばっちりって感じかな?」
肩に触れる羽根の感触に弾かれたように振り返ると、笑顔のトリアイナがそこにいた。アオイはトリアイナとの今までにないつながりの強さを感じ、つられて笑顔を浮かべる。
「やっちまえ!アオイ!」
さらに、下からアルマの声援が風を抜けて届き、アオイは胸の前で拳を握りしめた。
「行こうか、アオイ!」
「うん!」
トリアイナがアオイを守っていた風のドームを解くと、反発しあった風同士が食い合って消し飛ぶ。
実精霊トリアイナと対峙してから初めて、風が止んだ。
「アレを倒すのは物理的に不可能に近い!だから、躯を極限までバラバラにしてアオイの魔力として取り込ませる!アオイ、手筈通りに!」
「《召喚》!チリシィ!」
チリシィとトリアイナがアオイから離れ、実精霊トリアイナに向かって飛んでいくと、アオイは空中から自由落下を始める。アオイは天地をさかさまにしたまま、アルマに向かって叫んだ。
「アルマくん!僕に聖剣を!」
アルマは驚いて一瞬固まったが、すぐに傍らに落ちていた折れた剣を拾い上げる。そして左手で右腕に筋力増加の魔法をかけた。
「受け、とれえええええええええ!」
大きく振りかぶって投げたそれは、弧を描いてアオイの元へと飛んでいく。ともすればアオイを飛び越してしまいそうにも思えたそれは、アオイの広げた掌に、まるで元からそこに存在したかのようにすっぽりと収まった。
それと同時に聖剣の柄にはめ込まれていた宝石が燦然と光り輝いた。
「ハァアッ――!」
トリアイナが風によって実精霊トリアイナの身体を裂き、そこにチリシィが飛び込んで雷の路を作る。実精霊トリアイナが身じろぎした瞬間、雷の路がびたりとその巨躯に張り付き体の自由を奪った。
「よくやってくれた!」
その瞬間に合わせてトリアイナは暴風をまとって実精霊トリアイナに突っ込み、その身体を瞬く間に細断してしまう。
「ガンダルフの!今度はこちらだ!」
「了解した!」
答えるや否や、アルマは実精霊トリアイナの裏側に風によって運ばれていた。
一方、チリシィが受け止めることで地面に降り立ったアオイは、折れた聖剣を空に向けて掲げる。宝石の光は徐々に増していき、やがて聖剣そのものが一筋の炎へと変化した。
「《魔門封印》――構築!」
左手で眼帯を抑え、ガロードとの特訓によって魔力をため込める特性に目覚めた左の複眼に魔力を込める。
「こいつの上半身が使い物にならないうちに下半身を引きずり出す!」
「なにをすればいい?」
「力ずくだ!」
トリアイナはアルマを抱えて、実精霊トリアイナの腰から地面に染み込む闇に飛び込んだ。
「くっ、すさまじい魔力密度だな!トリアイナ様!こちらはそう持たない!」
「ボクだってそうさ!失敗したら全て水泡に帰すのもね!」
「……まったく!」
アルマは苦笑いを浮かべ、実精霊トリアイナの脚にとりつく。風の魔法で切り付けてみるも、反応は皆無だった。地上の光を見上げ、アルマは思案する。
「ええい、ままよ!」
突然アルマは脚にしがみつくと、全身の筋力を極限まで強化した。
「まさか運び出すつもりかい?」
「力ずくと言ったのはそちらさ!」
トリアイナはニヤリと笑い返すとアルマに倣ってもう片方の脚を持ち上げ始める。すると、わずかながら浮上が始まった。
「いける!」
「ボクたちの体力が持てば、だけどね」
トリアイナの言った通り、加速度的に全身から力が失われていくのをアルマは感じていた。
「いや、いいや!後はない!この命尽きようと!」
ありったけの魔力と体力を込めて地上へと向かう。山を動かしているかのごとき地獄の感覚を味わいながらも、アルマはアオイを信じる選択に懸けた。
「ぐぅおおおおおおおっ!」
目の前が真っ白になり、まともに呼吸もできない。全身の感覚が消えていく恐怖の中、突然身体が楽になった。いよいよ死んだかとアルマが自嘲した直後、風が自らの身体を横たえたのを感じ取った。
(ああ、そうか)
薄れゆく意識に反して明瞭化した視界の中で、下半身が引きずり出され、今にも治癒を完了しようと上半身が蠢いている実精霊トリアイナの全身を認める。
「間に合っ……ごほっ」




