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シンの魔法使い  作者: さんくす
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災厄の壱-5

 あっという間に風に巻き上げられたアオイは、吹きすさぶ暴風の中しっかりとトリアイナの姿を目で追った。同様にこちらをにらみつける敵意を肌で感じ、アオイは両腕を()()()と回して帯電させる。


(これは実力を見せて、相手を従わせる戦いじゃない)


 上級精霊の中には、魔力をぶつけることでその魔術師に馴染むタイプが存在する。その際には今のアオイのように、無意識下の戦闘によって雌雄を決することがある、とアオイはシオンに教わっていた。

 だが、今回の戦いはそれには該当しない。そも相手は規格外のものであり、魔術師が従えるような存在ではない“実精霊”である。加えてトリアイナは何かを問いかけるようにアオイの周りを飛び回っていた。


「《轟雷召ランドボルト》!」


 アオイが両腕を突き出すと、まとわりついていた電撃が虚空へと羽ばたく。中空でとどまったそれは、四方八方に小さな雷の矢を降らせた。

 トリアイナはひとつひとつの雷の矢を丁寧に羽根で受け止めて、味わうように目を閉じる。


「我、汝に問わん。汝は何者か」


 風がアオイの身体を包み込むと、アオイは強いめまいに襲われた。風によって脳を揺さぶられたわけではない。体力と精神力が際限なく奪われているのだ。


「くぅ……」


 このままでは瞬く間に死ぬ。加速度的に体の自由が利かなくなっていく恐怖に、アオイは自身の奥底から強引に別の力が引き出されていくのを感じた。


「があああ!」


 アオイの胸の内から、他を焼き滅ぼさんとする荒々しい焔が浮かび上がる。シン魔法の炎だと直感したアオイは、無理やり自身の中に引き戻そうとするが、己のものではないような手ごたえのなさに困惑した。


「ああ……そうか。そうだったのか」


 トリアイナはどこか悲しげに呟く。呆然とするアオイの目の前で、炎は見覚えのある剣を象った。


「忌まわしくも愛しいにおい。考えてみれば当然の帰結か」


 いつの間にかアオイを縛っていた風は止み、柔らかなそよ風が頬を撫でる。


「どういう、ことですか……?」


 それでもどこか、アオイには不安に思えた。


「災厄の子。焔の子。そして――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「え――」


「もとより力を貸す宿命だった、という話だ」


 アオイは喜ばない。トリアイナのことを、信じられないものを見たようなまなざしで見つめるだけだった。


「なにを……言っているんです?アキネの、勇者アキネの血を引く?お母さんが?」


 アオイの瞳に怒りが燃える。


「ふざけるな!」


 トリアイナは黙ってアオイを見つめ返した。


「おかあ、お母さんが……戦って――ううん。そんなはずない!だって、お母さんはずっと怯えてた!だって、ずっと謝ってた!あんなに辛い思いをして僕を育ててくれたお母さんが、そんな――」


 言葉が途切れ、歯を食いしばったアオイの両目から、大粒の涙が零れ落ちる。


「こんな場所で!死ぬほど怖い目に遭ってたなんて、認めるもんか!お母さんは、僕なんかいなくても!幸せになるべきだったのに!なんで!」


 支離滅裂なアオイの言葉を、トリアイナはただ黙って受け止めた。わずかに冷静さを取り戻したアオイは、ばつが悪くなって俯く。


「……ごめんなさい」


「いいや」


 トリアイナの髪が風をはらんでふわりと持ち上がった。


「先にも言ったが、ここでは嘘をつけぬ。汝の激情は汝の真実の一つだ」


「僕は怒りたいわけじゃ……」


「己の思いを否定などするな。ただ黙って受け入れればいい。真実など往々にしてつまらないものなのだから」


 首をかしげるアオイの頭に翼の羽根が覆いかぶさる。やわらかい絹のような感触に身を縮こまらせていると、羽根の一枚が光を帯びてアオイの胸の高さで留まった。


「ゆえに真実をつまびらかにするなど本当につまらないのだがな。汝ら母子はいつでも我に希望を見せる」


 すぅっと羽根がアオイの中に吸い込まれると同時に、アオイは青空以外何もない草原の風景を幻視する。その真ん中に佇むトリアイナがこちらを振り向いたのを見て、アオイはようやくトリアイナの目をまっすぐに見つめ返した。


「覚悟などなくとも良い。己が願いを果たさんがため、泥にまみれようと進むからこそ生き様は美しいのだ」


(――そうか。僕は代価を支払ったんだ)


 アオイは先の激昂こそがトリアイナの求めていたものだったのだと理解し、手を伸ばす。トリアイナもまた、アオイに向かって手を伸ばした。


「誓いをここに。我が道行きには幸多からず。なれど我が歩み止めることを許さじ。我は導きの探究者。我が求むるはただ一振りの杖なり」


 光と化したトリアイナが優しくアオイの手を包み込む。まぶしさに目を開けていられなくなったアオイの脳裏に、トリアイナの声が届いた。


「もちろんだとも。ボクがきっと力になってみせるよ」

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