ガンダルフ領-5
シン魔法。使用者のシン領域を食いつぶし、文字通り命を削って発動する大魔法。外法にも近いそれは、ひとたび発動すれば、覆ることはない。確定事象として存在する暴力へと変貌するのだ。
「すごい……!」
校庭で訓練をしてもらった時に張られていた結界の密度も尋常なものではなかったが、シン魔法ともなるともはや次元が違う。アオイの本能が、今すぐにこの場から遠ざかり、暴力の嵐が過ぎ去るのを身を隠して待つべきだと告げていた。
しかし、決して動かない。忘れてはならない暴力の権化はもう一つ。ぼやけてきちんと認識できないもののそこにある、虚と化した実精霊トリアイナ。あれは鼻息一つでアオイたちを八つ裂きにできる規格外のものだと、アオイは痛いほど理解していた。
(ガロードさんを信じろ……。支持があるまで呼吸もうかつにするな!)
ガロードに渦巻くマナが、竜巻のごとく高く練り上げられていく。その嵐の中に、アオイはかすかに金属のにおいを感じ取る。ぼやける視界で、ガロードが巨大な刃を携えたようにアオイには見えた。
「今だ!走れ!」
ガロードの声にアオイはすぐさま反応し、走り出す。直後、後ろに吸い込まれそうなほどの圧力を感じ、アオイはとっさに首と頭を腕で覆った。
爆音とともに、尋常ではない魔力の嵐にアオイの身体が宙を舞う。打ちつけた身体をうめき声とともに起こすと、先に行っていたランファがアオイを助け起こしてくれた。
「アオイ!大丈夫!?」
頭を振って意識を明瞭にする。もう認識阻害の魔法の効力が切れたらしく、ランファの顔をしっかりと見ることができた。
「ガロードさんが、俺を逃がすために……」
「姿が見えなかったから承知してるさ。アオイが無事でよかった」
アルマが緊迫した面持ちでうなずく。その手には、不思議な装飾の施された剣が握られていた。その剣の正体が聖剣なのだとアオイはすぐに見当をつける。だがどうにも、違和感があった。
剣の刃に当たる部分がのっぺりとしていて、まるでただの鉄塊のように鈍く光っている。アオイには直感的に、これには殺傷能力がないように感じ取れた。
「わかるか。こいつは俺のものじゃない、俺を使い手としては認めていない。だからこんななまくらなんだ」
アルマがそう言うと、柄に埋め込まれた赤い宝石が肯定するようにきらめく。
「実精霊トリアイナの封印術式自体はこの剣が触媒になってくれるはずだから、別段攻撃性能なんざいらないけどな。ともかくガロードさんを助けないと!」
「ま、待って!」
駆け出そうとしたアルマをアオイは呼び止める。
「実精霊トリアイナは見るだけでも危険だったんだ!認識阻害の魔法をかけておかないと!」
「なんだって?……あれはただの暴力装置だ。見ただけで危険――精神に干渉するほど邪なるもののはずがない!あいつの前なら、相手の動きを制限する意味がないんだぞ」
「でも実際、アオイが逃げ遅れたとき吐いたのはガチなんでしょ?」
ランファの冷静な指摘に、アルマは眉根を寄せた。だがすぐにかぶりを振る。
「いや、考えている時間が惜しい!走りながら術をかけよう!」
言われるよりも早く、アオイは自分を含めた三人に認識阻害の魔法をかけた。再びぼんやりした視界の先で、アルマと思しき人物がうなずく。
そうしてアオイが逃げてきた道を戻ろうとしたそのとき、腹の底が持ち上げられるような感覚とともに、足が地面から離れた。もう何度目かもわからない浮遊感に、アオイたちはしっかりと反応する。
「《岩棘鞭》!」
ランファが錬金術で生み出した杭に、アオイの岩の鞭がしっかりと絡みつき、アルマがそれをつかんで二人をしっかりとつかんだ。
「今度は何だ?これ以上状況なんて悪くなりようがないと思っていたんだがな!」
アルマがヤケ気味に吠えたとき、風の向こうから妖しい唄が乗ってくる。
「Urrrrrrrr――」
ぼやけた視界の中、地面から何かが這い出てる。いわずもがなの巨躯には、それをはるかに凌ぐ巨大な翼が二対。羽化したての蝶のように翼をゆっくりと広げると、大気が揺れる音がした。
「……封印じゃ、もう間に合わないかもしれないな」
アルマの小さな絶望のささやきが、そうなのだと確信させる。
「Urrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr!!!!」
実精霊トリアイナが、完全な覚醒を迎えてしまったのだと。




