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シンの魔法使い  作者: さんくす
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ガンダルフ領-4

 無言で雑木林の中を突き進む。生き物の気配はなく、それでいて濃密な魔力に押し潰されるような錯覚を覚える獣道は、トリアイナの先導により一本道になっていた。


「もうすぐだ」


 アオイが思わず言葉を漏らす。全員が、マナの質の変化を感じ取っていた。怯えにも似たアオイの声は、木々に吸われて虚空に消える。

 ――ふと、視界が開けた。


「……これが」


 ランファが嘆息する。木々の中に現れた不自然な広場。その中心部に鎮座する墓石に、規則的な文様が描かれていた。一目で、それが封印式なのだとその場の皆が理解する。


「間に合ったか!この状態なら、まだ俺の血があれば封印式の補強は容易だ」


 アルマがホッとしたように封印式に駆け寄った。だがその前に、トリアイナが立ちはだかる。


「なんだよ?」


「待ってくれ。……失敗した」


「は?」


「早くここから逃げろ!皆を連れてきちゃいけなかった!」


 トリアイナの絶叫が終わらぬうちに、墓石に刻まれていたはずの文様が、広場全体に刻まれる。そこまで来てようやく、アオイにも術式の構造が読み取れた。


「吸命術式だ――――!」


 がくん、と視界が緑に染まる。顔の痛みから、意識を失って全身を地面に叩きつけたのだと理解するころには、もはや腕すら上がらなくなりつつあった。

 みるみるうちに暗くなっていく視界に本能的な恐怖を覚えたとき、何者かが立ち上がる気配がした。


「おおぉぉぉっ!」


 雄たけびとともに、滞っていた血が一気に巡り始めるような、圧迫感からの開放が起こる。息を一つするたびに頭と肺がずきずき痛むが、そのたびに視界が再び明瞭になっていった。


「生きてるか?生きてるな?」


 ガロードの声が判別できたと同時に、アオイはある事実に気がついて声を張り上げる。


「トリアイナさんとのリンクが完全に切れました……!」


「っ!」


 ガロードは苦虫を噛み潰したような表情をして、墓石に向けて何か金属質なものを投げつけた。墓石がバターのように裂けると、その後ろの地面には両刃剣が突き立っていた。


「まんまと罠へ誘い込まれちまったわけだ」


 そうして嘆息するガロードの目の前で、墓石が腐り落ちて地面に吸い込まれる。異様な光景に目を奪われた直後、地面が持ち上がるような感覚をその場にいた全員が味わった。


「休む暇もないな!走れ!」


 弾かれたようにその場から離れていく最中に、おぞましい気が背筋に向かって這いよってくる。


「振り向くな!走るんだ!」


 ガロードの大声がひどく遠く聞こえる。空気が凍てついてしまったような錯覚は、恐怖による震えからもたらされたものだ。ゆえにアオイはその恐怖に耐えかねて、振り返ってしまった。


 ――そこにあったのは巨大な貌。目も口も鼻も、虚ろに腐り落ちたおぞましき陰気の塊。


 実精霊トリアイナ、その肉体の顔であったはずのモノが、アオイを見つけ、()()()と音を立てて笑みを浮かべた。


「うっ……おぇぇえええ!」


 反射的に胃の中のものがひっくり返され、アオイは足を止めてしまう。何が起きたのか理解できる前に襟首をつかまれて、大きく後ろへと引っ張られたのと同時に、つい今さっきアオイがいた場所の地面が裂け落ちた。

 地面へと空気が引き込まれていくのを呆然と眺めていると、ガロードが頬を叩いてアオイを正気に引き戻す。


「しっかりしろアオイ!」


「あ、あれ、あれ、なに……?」


「チッ、直視したか……!」


 ガロードはアオイの額に人差し指を向けると、青い光をまとわせて目の模様を描いた。効果は覿面で、アオイの呼吸はすぐに落ち着いたものに変わる。


「す、すみません、びっくりしちゃって」


「無理もない。あれはそういうものだ。……とにかく、見たものをそのまま受け取らない術を身に着けろ。今ここでできないとそれだけで死ぬぞ」


 アオイは真剣な表情でコクコクとうなずいた。しかし、アオイが足を止めてしまったことで、アオイとガロードの二人だけが実精霊トリアイナの前に取り残されてしまっていた事実は変わらない。術によってぼやける視界で目を凝らし、巨大な貌の輪郭を捉えたとき、大きな手が行く手を塞いだ。


「ガロードさん?」


 表情はまともに見ることができない。だが、鬼気迫る何かを感じ取ることはできた。アオイのほうを振り向いたらしいガロードが口を開く。


「何があっても手を出すな、アオイ。こればかりは俺たち大人の仕事だ」


 その一言で、己が足手まといになることをアオイは瞬時に理解した。静かに後退し、すぐに逃げられるよう体勢を整えたアオイに、ガロードは満足げにうなずく。


「ガラじゃないんだがな……」


 ガロードのつぶやきが耳に届く。直後、強大なマナのうねりがガロードを中心に渦巻き始めた。アオイはその魔力にすぐに見当をつけ、顔色を変えた。

 身に覚えのある、肌のあわ立つような感覚。あらゆる人たちから、その使用を制限するよう諭された極大魔法。シン魔法の発動予兆が、ガロードが纏った魔力の正体だった。

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