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シンの魔法使い  作者: さんくす
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ガンダルフ領-3

「どこまでも厄介な連中だ……!巣を潰したと思っても、いつの間にか軒下から現れるネズミと大差がない!」


 アルマの憤りを聞きつつ、アオイは不安に思ったことを口にする。


「封印式が緩んで、風の精霊が人を襲い始めて……その今の状態で、どれくらいの被害が出てるの?僕、てっきりまだ予兆がおき始めたくらいだと思っていたから」


「……ここが封印の近隣で避難が間に合いそうだった最初で最後の街だ」


「それじゃあ、封印が完全に解けちゃったら……」


「被害はこの比じゃないだろうね。間違いなくボクの身体は暴力装置として暴走していた当時のままだろうから」


 トリアイナは飄々と告げると、己の腕を見つめた。ほんのわずか、その腕の認識がぶれ、アオイはトリアイナとの繋がりが薄れたことを実感する。


「思ったより時間がなさそうだね。余生としては上々な会話を堪能できた気がするよ」


 アオイの驚愕の表情に、トリアイナは愛おしそうな笑みを向け、その羽毛で包み込んだ。


「アレが完全に目覚めたら、ボクも消え去る。というより、向こうに取り込まれちゃうだろうからね」


「そんな!」


「チッ。他人事みたいに言いやがって。そうなりゃ俺たちもおしまいだ。暴走した実精霊トリアイナは手に負えない。抵抗しようがしまいが、黙って殺されるのと変わらないからな」


 ガロードは深いため息をつき、アルマに目を向ける。


「一つ頼みがある。“聖剣”は残っているか?」


「ええ。……なぜそれを?」


「さっきトリアイナを一度討伐したことがあるって言ったばかりだろ。ここに置いていったことくらい覚えてらあ。使用用途は再封印ってところだ」


 アルマがそばに控えていた従者に目を差し向けると、従者はアオイたちに深く礼をしてこの場を後にした。


「半刻行かないうちに持ってきてくれるはずだ。その道のエキスパートがいるなら話は早い。ガンダルフの名に懸けて援護しよう」


「あの、僕は!僕はどうしたらいい?」


「ここで待機だ」


 ガロードに冷たく返され、しょんぼりと気落ちしてしまったアオイだったが、トリアイナは真剣な面持ちで首を横に振った。


「悪いけど、そういうわけにはいかない。この子には出てもらうよ」


「――正気か、お前」


 ガロードの低い声。威圧と怒りは、トリアイナに向けられたものだ。アオイは萎縮しながらも、今度は毅然とした態度を崩さなかった。無言のにらみ合いが続くさなか、アオイはわずかに風のにおいの変化を感じ取る。


「――敵襲!敵襲!風の精霊、大挙して接近!その数二千!」


 静寂はどよめきに変わり、アオイもアルマもガロードも、誰が止める間もなく天幕を飛び出した。


「二千、二千だって!?何かの見間違いであっても対処に困る数だな!」


「ねえ、ランファさんは!?」


「あっクソ、アオイまでついてきたのか!」


 そう走らないうちに、剣戟と悲鳴が聞こえ始める。そしてその中で、逃げ遅れた親子をかばう様に戦うランファの姿をアオイは見つけた。


「トリアイナ!」


「もちろんだとも!」


 敬称すら省いたアオイの喚び声に、トリアイナはすぐに合わせる。駆けていた三人の身体が風に包まれ、暴風となって戦場へと運び込まれた。

 ガロードは着地するなり魔力を練り上げ、形にする。


「唸れ豪雷――《雷鳴槍ヴォルテクススピア》!」


 そのまま振りかぶって投擲された雷の槍は、地面と平行を保ったまま敵陣を切り裂き、その中心部で爆雷を引き起こした。槍の通った後にいた風の精霊たちもまた、閃光のごとき雷に打たれて雲散霧消する。


「よかった、来てくれた!」


「よかった、じゃねえ!自分から戦場に飛び込んで、死にたいのか!」


 ガロードの檄を無視して、ランファはゴーレムを召喚して逃げ遅れた親子を運搬させた。


「突然現れたからどうしようもなかったの!アタシもさっさと逃げるつもりだったけど、数が多すぎんのよ!」


 ランファの言い分はもっともだった。現に今少し目を放した隙に、風の精霊たちはアオイたちを包囲しつつある。

 球体のような、見えない形の核を風で多い、目玉のように不気味に収縮させながら、風の精霊たちはアオイたちを喰い殺さんと近づいてくる。遠くで兵士の悲鳴がして、千切れた腕が宙を舞った。


「アオイ、ボクに少し力を貸して」


 トリアイナがアオイにささやきかける。アオイがトリアイナを見上げると、いつの間にか手を翼と鉤爪に変化させていたトリアイナがその爪を差し伸べた。

 アオイは願いをこめて体内マナを練り上げ、トリアイナに受け渡す。トリアイナは少し驚いたような表情をして、それから優しくうなずいた。


「皆、ボクのそばに!」


 トリアイナの号令と同時に、風の精霊たちの包囲が一気に狭まる。

 ――そして、眼前まで迫っていたはずの精霊たちはまばたきの間に消え去った。


「ボクが封印まで先導する!走れ!」


 追い風が強引にアオイたちの背中を押し、アオイたちは狂った馬車のように街道だった場所を突っ切っていく。その姿に気がついた風の精霊たちが群がろうとするが、トリアイナの暴風に阻まれ弾き飛ばされていった。

 しかし、視界の端で、逃げ遅れた人が喰われていくのも見てしまう。


「うう……!」


「もうこうなった以上、再封印を急ぐほうがかえって被害が減る!我慢しろアオイ!」


 トリアイナの力は絶大で、ものの数秒でアオイたちは荒野に不自然に植えられた雑木林へと到達した。

 その雑木林には見覚えがある。アオイが学園でアビスの結界を破った直後に迷い込んでしまった場所とそっくりだったのだ。


「……とんでもない陰気だな。こりゃ前回の比じゃないぞ」


 ガロードが顔をしかめてそう言った。アオイもまた、肌にべったりと張り付いてくる不快感に身を震わせる。


「ヤバ……アタシでもわかる。ここ、人がいるべき場所じゃない……!」


 ランファの顔色はもう真っ青になってしまっていた。アオイたちが各々呼吸を整えていると、トリアイナは雑木林の入り口にふわりと浮かぶ。


「すまないが、あまり君たちの体調を気遣ってもいられない。……これはちょっと、想定以上だ」

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