魔女の弟子
「ん……」
差し込む柔らかい朝日に顔を照らされて、少年はゆっくりと目を開く。身を起こすと、3年の間に伸ばした髪の毛を前に垂らした。鏡の前で自分の姿を確認しながら、少年は前髪で顔の左半分を覆い隠す。こうすれば、眼帯も目に付くことはない。
「…………」
とはいえ、あまり気持ちのいいものでもなかった。毛先が当たる頬の辺りを指先で掻きつつ、少年は物憂げにため息をつく。それから気合を入れるように両手でガッツポーズを作った。
「よし、さっさと準備しちゃおう」
衣類や書物が散乱した床を乗り越え、居間へと抜けると、少年はキッチンへ向かう。保存用の冷蔵箱から葉物野菜と密封された生肉を取り出し、棚からいくつかの調味料を手に取る。それからカゴに目を見やって、眉間を指で叩いた。
「そうだった。昨日食べきっちゃったんだ。仕方ないや、予定変更だ」
少年は冷蔵箱から、今度はトマトによく似た野菜を取り出す。それを輪切りにして、鍋の底に敷き詰める。葉物野菜、肉、野菜とミルフィーユのように重ねて敷き詰めつつ、それぞれの層で薄く調味料を振り、中段辺りまで重ねたところで火をかけた。
その後も何度か同じ作業を繰り返すと、鍋が8分目辺りまで埋まったところで蓋をする。それから少年は机に置いてあった書籍の一つを手に取ると、ページをめくり始めた。
「えっと、魔の元素……陰と陽の項……一文字読むのも難しいのになあ」
静かな部屋にページをめくる音だけが響く。やがて鍋から湯気が立ち昇り、食欲をそそる匂いが窓から外へ流れ出していった。少年は本を閉じると、鍋の蓋を開け、閉じ込められていた湯気が顔にかかるのも気にせずに鍋を覗き込む。
「香草入れなかったけどどうかな」
おたまでひとすくい、口を直接つけないように気を付けつつ味見をする。そのまま口の中で転がしていると、後ろから布を引きずるような音と共に足音が近づいてきた。
「アオイ……もう起きていたのか……」
「お師匠様、おはようございます」
裸体を隠すこともせずに現れたのは、少年───葵を拾い上げ、育てた彼の師であるシオンだった。アオイは慣れた手つきでシオンにスプーンを握らせると、椅子に座らせる。
「今日はスープストックです」
「うまそうじゃの……」
皿によそった湯気の向こうで、シオンが顔をほころばせる。手を組み合わせ、恵みに感謝をとつぶやいてから、シオンはスープを口に運び始めた。それを尻目に、アオイはヨーグルトによく似た食材を取り出す。食べ方もヨーグルトそのものだが、アオイの知る調味料を加えられたヨーグルトよりも、これはさらに甘味が強い。ゆえに、酸味を足して食べるのが一般的なものだった。
ヨーグルトを皿に出し、半熟のツユの実のしぼり汁を二回し。二人分の食事を用意して、アオイはようやく席に着いた。
「恵みに感謝を。大地と雨の聖霊よ、黄昏より還りたまえ」
アオイもそう唱えてから、食事に手を付ける。お互い向かい合ったまま、無言で食べ進めていく。見る見るうちにシオンの目がぱっちりと開いていき、髪の毛がその肢体を覆うと、いつの間にかゆったりとした服を身に着けていた。
「お味のほどはいかがでしたか」
「うむ!大満足じゃ」
ニコニコと満面の笑みを浮かべる師の姿を見て、アオイはそっと胸をなでおろしたのだった。