ガンダルフ領-2
「我々ができる協力、といってもたかが3名です。出来ることにも限界がございます」
「回りくどい言い方は好きじゃないんだ。アオイ……よりは、アオイにくっついてるトリアイナの方に用がある」
2人の言葉を代わる代わる見つめながら聞いていたアオイは、突然自分に矛先が向いたことで飛び上がる。いつもとは質感の違う視線に萎縮しつつ、アオイはトリアイナに呼びかけた。
胸のうちに風が吹くような清涼感が訪れ、同時に精霊が姿を象る。
「呼ばれてきましたよ。……どうしたのさ、みんなして怖い顔」
「説明を――。いや、釈明をしていただきたい」
刹那、身も凍るような恐怖が胸を這い回り、アオイはかろうじて悲鳴を押し殺した。
発生源は彼の真後ろ。トリアイナから放たれる殺気は、圧力を持って吹き荒れた。
「どの口が言うんだい?」
アルマとトリアイナの睨み合いに挟まれ、アオイの顔面がみるみるうちに蒼白に染まっていく。
それを庇うように、ガロードが間に割って入った。
「悪いが、こいつを巻き込むことだけは勘弁だ」
二人の殺気を向けられてなお平然とするガロードに、トリアイナはわずかな侮蔑を浮かべ、静かに気を収めると腕を組む。
「まあいいよ。ガロードに免じて説明してあげようか。物事には必ず因果応報が付きまとうことを、子供にはきちんと教えなくちゃあいけないからねえ」
アルマの表情がわずかにこわばるが、今度は口を開かずにトリアイナの言葉を待った。
「君たちはボクとの契約を破った。その結果ボクは死に絶え、今あるのはこのわずかな残滓だけだ。そうなればもう、君たちとの契約を履行できる力が残されていないなんてわかりきった話だろ?」
「くっ……!ならばどうして風の精霊たちが人々を喰らい始めた!」
アルマの言葉に、ガロードとアオイは瞠目する。対するトリアイナが涼しげな表情を崩さなかったことで、二人はそれが事実なのだと理解した。
「言ったはずだ。全ては因果応報……。ボクにだって抑えきれない絶対的な原則なんだ」
「それが……先代以前の負債であっても、我々が代償を払い続けた果ての出来事だとしてもか!?」
アルマの表情には、どこか苦々しさが混じっている。諦めに似た苦しい色だ。アオイはいたたまれなくなって口を開く。
「僕にもわかるように説明してほしい」
「おい、アオイ――」
「ガロードさん、お願い」
トリアイナがわずかにばつが悪そうな表情をした。だが、アオイに見つめられ、ゆっくりと語りだす。
「今から数百年ほど前の話さ。ボクはもともと増えすぎた人類そのものを間引く暴力装置だったんだよ」
トリアイナは懐かしむように空を見上げた。
「でもボクは人間が大好きでね。鏖殺なんて真似がしたくなかったんだ。だから、ある条件を出した」
「――いけにえの盟約」
「!」
アオイの瞳が鋭くなる。アルマはそれを真正面から受け止めた。
「ここ数十年は形骸化して、溜まりすぎた風の精霊たちのマナを人体を介して昇華するだけの儀式になっていたんだ。昔は、本当に人命を賭していたらしいけど……」
「うん、まあ実際そうだ。ボクの暴力衝動を抑え込むには、どうしても人間の命が必要だったからね。……そして、限界は当然のように訪れた。十数年前の話さ。ボクはとうとう暴走した」
トリアイナは空に向けていた視線を、ガンダルフ領郊外に広がる草木のひとつもない荒野に移す。
「あれはそのときの爪あとの一部だ。ボクは強引に自身の在り方を歪めたせいで、かえって強い自己の暴走を呼んだ。ガンダルフ領の人口のうち7割を滅ぼしてなお、力も暴力衝動も膨れ上がるばかりだった。――そして、ボクは死んだのさ。人間たちに殺された。正確には、勇者アキネ率いる一行によって滅ぼされた」
トリアイナはアオイの顔を見て微笑むと、ガロードを突然指差した。
「何なら、トドメを刺したのは彼だからね」
「え!?」
「今はそんな話どうでもいいだろう。俺としては突然復活したお前に、ガンダルフ領の精霊たちの暴走に、頭がこんがらがってるんだ。濁そうとするな」
ガロードが冷たくあしらう一方で、アオイは妙に納得していた。あれだけの殺気に挟まれ毅然としていられるのは、並大抵の精神力ではない。ガロードのすげない返事に、トリアイナはからからと笑った。
「そうでもないさ。ボクの肉体と精神の切り分けと、封印式の話が主軸になると思うからね」
「なに?」
「半分ボクのせいで、半分ボクのせいじゃないから乗り気じゃなかったんだよねえ。謗りは正論だし、でもボクにはどうしようもなかったし。それに、ガンダルフの血族が奮起するようだったし」
そこでガロードの表情に驚愕が浮かんだ。アオイとアルマが困惑して目を合わせていると、ガロードは頭を抱えて大きなため息をつく。
「ああ、クソ。考えてみりゃ当たり前の話じゃないか。ロイ師、わかってて俺を選んでたわけだ」
「民衆に伏せているとは言え、すでに実害が広がっているんだ。もったいぶらずに話してくれ!」
アルマが苛立ちを隠さずに声を荒げると、ガロードはたしなめるように指をさした。
「もちろん。だが、もう少し落ち着け。貴族である以上、品格を損なうな」
「ご高説どうも!今は非常事態だと言わせてもらうけどね」
「だからこそだ。人の上に立つ以上、常にクールでいるべきだ。時として恨みを買い、咎を受けることすら享受する覚悟で物事に当たれ」
アルマは不満げながらにも口を閉ざす。ガロードは少し微笑むが、すぐに表情を引き締めた。
「今回起きている異常事態は、間違いなくトリアイナの封印式が緩み、その肉体が復活しようとしている余波だろう。……もっと簡潔に言おうか。今アオイと一緒にいるトリアイナは厄災をもたらしているモノとは少し違うものだ」
「どういうこと?」
首をかしげたアオイとは対照的に、アルマは雷に打たれたような衝撃を受けていた。
「確かに俺はかつてトリアイナにトドメを刺した。こいつの心臓部を完全に砕いた。だがな、そんな程度じゃ止まらなかったんだよ。だから、俺たちはわずかに残っていたそいつの精神を切り離して、肉体とは別々に封印したんだ。肉体だけが、精神だけが復活させられたとて二度と同じことが起こりえないように」
アオイは地面の感覚がなくなったような絶望感に襲われる。自分の震える手を見つめ、声をこぼした。
「そ、それじゃ、僕はとんでもないことを――」
「いや、トリアイナとアオイが契約したことはおそらく関係がない」
否定の声は意外な方向から飛んできた。アオイが顔を上げると、深刻な面持ちになったアルマが、震える唇を無理やり動かしていた。
「封印式が緩んだこと。精神体のトリアイナが覚醒したこと。これは偶然起きた出来事じゃあない。明確に、意図的に引き起こされた事態だ。心当たり何ざひとつしかない――!」
「そうだ。お前さんが狙われたと聞いて嫌な予感はしていたんだ、アルマティ・ガンダルフ殿。アビスどもは、お前の肉体とトリアイナの精神体のみが目当てだったんだろうな」




