実戦訓練-6
(はあ。……俺が子どもに戦闘訓練を?)
くたびれた雰囲気の男──ガロード・キルクスは、久々に連絡をよこした戦友と、その時に戦った“敵”と対面していた。
「どうだろうか」
「や、どうだろうも何も……。俺は教鞭なんざとったことねえですよ。それに──」
ガロードがちらと視線を送った先、かつて敵同士であり、最悪の難敵であった彼女。花の魔女シオンは、事実かなり難しい顔をしていた。
「なんだって、この人がここにいるんです」
敵意なく、純粋な疑問をぶつけても、返ってくるのは極寒の視線のみ。ガロードが身震いするのを、ロイは苦笑しながら見ていた。
「君に師事してほしいのが、それこそ彼女のお弟子さんだからだよ」
「はあ。弟子……」
ガロードはおうむ返しに答え、その言葉を理解して瞠目する。
「はあ⁉︎弟子ぃ⁉︎」
シオンは渋面を深めたが、ロイはけらけらと笑うばかりだ。ガロードはそんな2人を見て声を張り上げた。
「アンタたち正気かよ⁉︎そこのクソ魔女の弟子がやらかしたせいで、俺たちがどんな目に遭ったと思ってやがる!魔族たちの抗争だって、アビスが表に出てきたのだってそうだ!あいつさえいなけりゃ……こいつが余計な真似さえしなけりゃ起きなかったことだ!」
怒りと憎しみのこもった瞳を、シオンは真正面から受け止める。わずかにガロードが怯み、再び口を開こうとしたところを、シオンが遮った。
「それについては……もう決着のついた話だ」
ガロードが唇を噛み、それでも抑えきれない激昂を放とうとした時、今度はロイによってそれを阻まれる。
「ガロード。間違えてはなりません。我々の敵は未来永劫アビスです」
諭すような物言いに、ガロードは悔しげにロイを睨んだ。
「…………ロイ師はそればかりだ。そうやって突っ走ってばかりだから、奥さんにも逃げられたんだよ」
軽口を叩ける程度には冷静さを取り戻せたガロードは、頭を掻きながら状況を咀嚼しなおしてみる。そうして浮かんだ疑問を、改めてシオンにぶつけた。
「それで、本当にどうして弟子をとったんだよ。前の弟子のことを忘れたわけじゃないんだろ」
シオンはため息をつくと、ロイに目で尋ねる。ロイが頷いたのを確認してから、シオンは口を開いた。
「──予知夢だ。儂は、世界を灼かれる夢を見た」
そこで一度言葉を切ると、頭痛が走ったかのように眉根を寄せる。
「初めから儂一人で解決するつもりはなかった。……それこそ、前回のこともあるからな。件の存在を保護し、お前たちにすぐ相談するべきだと考えていた。だが、あの子にはそのための知識すら備わっていなかった。だから弟子の形を取ったんじゃよ」
ガロードは首をひねると、感じた疑問をそのまま口にした。
「確証があるのかよ?その、世界を灼くとかいう力を持ったのが、新しい弟子だって」
「すまんな。確証というものは何もない」
あっさりと否定したシオンに、ガロードは目を剥く。シオンは肩をすくめると、やれやれといった様子で首を振った。
「そも予知夢だ。儂の考えすぎの線もある。……ただまあ、あの子には──アオイからは、懐かしさと同時に、とてつもなく嫌な気を感じている。何かが影に潜んでいるのはおおよそ間違いないだろう。となれば、前科のある儂より、お前たちに任せるべき事柄のはずじゃ」
「花の魔女様は、結局私たちを頼るつもりでいたわけです。ガロード、理解してくれましたか?」
ガロードは唸りながらも、心のどこかで納得している自分を認めてしまっていた。
「……なら、保護と同時に俺たちとコンタクト取ってくれりゃ良かったんじゃないスかね」
苦し紛れに出た小言は、シオンに答えを窮させる。その変化に目敏く気づいたガロードはシオンに疑いの眼差しを向けるが、シオンはやがて観念したように俯いた。
「そ、その……アオイは優秀でな。家事とか、料理とか上手くて……」
なんとも言えない表情で苦笑するロイと、もじもじと赤面するシオンを見比べ、ガロードは感情を爆発させる。
「色気付いてんじゃねえババァーーーーーーーッ‼︎‼︎」
「なっ⁉︎」
「おまおまおま……お前ぇ!そういう油断とかそういうのが前回のアレ引き起こしたんじゃねえのか!反省してねえじゃねえか!」
「ええいうるさい!今回はきちんと相談したのだから良いじゃろうが!」
まだ何事か言おうとしたガロードは、身体が宙へ浮かび上がったことに気がつく。
そのまま校庭に向かって放り出される中、ガロードは渾身の力を込めて叫んだ。
「覚えてろよぉおおおお‼︎」