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シンの魔法使い  作者: さんくす
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実戦訓練-4

「──なるほど。事情は理解しました」


 学院長室で、ロイは頷いた。彼の前にはアオイと、その付き添いのランファが深刻な面持ちで立っている。

 ロイは宥めるように微笑んだ。


「自分たちだけで判断せず、私に報告を上げてくれて、本当にありがとう」


 ロイは二人が少し肩の力を抜いたのを見て、淡々と告げる。


「ですがこの件は、あまり我々部外者が手を出すべきものではない、と私も思わざるを得ません」


「……っ」


 アオイが歯噛みしたのを見て、ロイはやはりと思った。アルマとアオイが親しくしていたことはロイとて既知のことであり、アオイの性分を考えれば、おそらく自らを顧みずに助けに向かってしまうだろう、と。


「……ごめんね、アオイ。でもアタシもそう思うよ。危険だし、絶対良くないことになる」


 ランファの援護射撃もあり、アオイは完全に沈黙してしまった。白くなるほど握り締められた拳はギチギチと音を立てて、俯いたアオイの無念を二人に思い知らせた。


「それに、あなた方二人はついこの間、アビスの連中に狙われたばかりです。余計な誤算を生まないためにも、ここで待つことが最大の協力になると思いますよ」


 しかし、それを聞いたアオイは顔を上げる。


「ま、待ってください!アビスに狙われたのは僕たちじゃありません!」


 ロイの眉が動いた。


「た、確かにあれはアルマを狙ったものだったみたいだけど、アイツらにその論理は通じないって!」


 ランファが慌てるが、アオイはそんな彼女を睨みつける。


「なら、ここだって安全とは言えないはずだ。僕たちを狙っていない保証もなくなるんだから」


「対処できる人数が全然違うでしょうが……!そりゃ義理もあるし、アルマは助けたいけど、アタシ死にたいわけじゃないよ!」


 向かい合って唸り始めた二人を、ロイは手を挙げて制する。


「二人の言い分はどちらもわかります。どちらも間違っておらず、正しく考えている」


 アオイとランファの目がこちらを見たことを確認し、ロイは手を組んだ。


「それでも戦力差は覆しようがありません。我々では自分たちの身を守ることで精一杯です。それこそかのアビス襲撃の折のように、実精霊が手を貸してくださると言うのであれば話は変わってきますが……」


 生徒たちが顔を見合わせたことをロイが不思議に思っていると、締め切った部屋に一陣の風が吹き抜ける。


「ボクを呼んだね?求めたとも!いやさ返事は聞いてない!」


 快活な少女の声は、風が形を持ったことで意味を持った。


「やあやあ、相変わらず偏屈だねえ。ロイ!」


「ト、トリアイナ……!様……」


 ロイが瞠目すると、トリアイナは楽しそうに笑う。


「取ってつけなくていいよ。ボクらの仲だろ」


「だから付けているんですよ。まったく……」


 ぽかんとしているアオイとランファを見て、ロイは頰を赤らめて咳払いした。


「ほ、本当に話が変わるとは思いませんでした。しかしながら──」


「なあ、いつまでそんな話し方してるんだ?肩凝らない?」


「今真面目な話してるからちょっと黙っててもらえる⁉︎」


 ロイは言ってしまってから頭を抱える。

 おろおろするアオイたちと、けたけた笑うトリアイナを指の隙間から見て、改めて顔を上げた。


「ともかく!戦力差についてはどうやら目処が立ちました。ただ、それでも、トリアイナ様に加えて、この学院にいる教師すべてを動員した場合の話です。当然ですが、私としてはそれに反対せざるを得ません」


 なんだよケチだな、とトリアイナの野次が入ったが、ロイはそれを完全に無視する。


(教師全員を?さすがに大げさすぎるんじゃないのかな……。だって、内部に入り込んだアビスの人たちを警戒するなら、さっき僕が言ったように、()()()()()()()()()()()はず──)


 アオイは、ロイの言った言葉に引っ掛かりを覚えた。少し考え、その言外の意味に思い至る。


「……それはつまり、僕たちだけで自分の身を守れれば、助けに行っても構わないと?」


 アオイは単刀直入に切り込んだ。ランファが生唾を呑んだ音が静寂に響く。


「極論を言うならばそうなります」


 ため息混じりのロイの肯定に、アオイの目に輝きが灯る。ランファも心なしか嬉しそうだ。だがロイは厳しい表情になった。


「しかしながら、あなたたち二人は戦闘経験が皆無です。私たちも戦う力を学ばせているわけではないので、こればかりはどうしようもありません」


「自分の身を守る、ということなら──」


「無理ですよ」


 口を開きかけたランファを、ロイは遮る。人の話を遮ること自体が稀有なロイが、強い力を込めた言葉は、子どもたちを飲み込むのに十分な威力を秘めていた。


「本当にどうしようもないのです。戦闘における知識であれば、座学でも問題ないでしょう。ですが、こと()()においては、経験によってしか得られません」


 ロイは何かを思い出すかのように目を瞑る。


「どのように相手を崩すか。どのように生き残るのか。戦況も人も千変万化で、規範の作りようがないからこその問題です」


 トリアイナも、ロイの言葉をただ黙って聞いていた。ロイはわずかにため息をこぼすと、真剣な眼差しをアオイとランファに向ける。


「……こうしましょう。君たち二人には特別授業を執り行います。通常授業に追加する形ですから、そちらを疎かにすることのないように」


 アオイとランファは言われた内容を理解するのに3秒を要した。


「どうしますか?やはりやめますか?」


「や、やります!」


 ロイの質問に、アオイはつんのめるようにして答える。ランファの悲鳴をよそに、ロイはアオイの目を見て頷いた。

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