実精霊トリアイナ-4
目を開け、アオイは嘘のように静まり返った校庭を見回した。
地面には猛獣が爪を研いだかのような跡が広範囲に残され、アオイの正面、数歩言ったところに、着る人物を失ったスーツが落ちている。
「……うっ」
先の出来事を思い出しかけ、口を抑えたアオイだったが、その向こうに見えた3人に気が付き、慌てて駆け寄った。
「ダンテくん!アルマくん!サラームさん!」
アオイはまずダンテの脈と呼吸を確認する。あれほどの傷を負わされていたものの、トリアイナの力によって完全に癒えていることを認め、アオイはホッとして改めて彼を寝かせた。
アルマとサラームは、手首と足首がまだ痛々しくうっ血はしているものの、これといった外傷は見当たらない。
「──やはり!アオイくん!……おっと、これはいけませんね」
突如聞こえた声に顔を上げると、老人がこちらに向かって駆けてくるのが見える。アオイは目を疑った。
「ロイ先生?」
「不自然な魔力反応を感じて、教師陣で結界を攻略していたのですよ。すでに囚われていた生徒たちは解放しましたが、念のため見回って正解でしたね」
すさまじい速度でアオイの横に滑り込むと、ロイは眠っていた三人に回復魔法をかけ、意識の覚醒を促す。
アオイはあまりに真剣なロイに声をかけることができず、一度は目をそらしたスーツを拾いに行った。
(……綿素材に思える。生産工場のタグとかはついていないからわからないけど、やっぱり、とても良く似ている。似すぎている)
そうして表面を撫でていると、後ろで呻き声と安心したようなため息が聞こえる。アオイはスーツを手に取り、ロイの隣に戻った。
「うーむ。手首がジンジンする……」
アルマが手首をさすりながら起き上がり、アオイを見て驚いた後、ダンテとランファを見てさらに驚く。
「うお!?どうしたんだお前ら!?」
「アルマくんがいなくなったから探しに来たんだよ」
「とはいえ、私は脱落して何があったかさっぱり知らないんだけどね」
「……ええ?アタシなにがどうなってここにいんの?てか何でコルネリアくんまでいるわけ?」
三者三様に混乱する様を見つつ、アオイは彼らが無事だったことを改めて実感した。そうして地面に膝をついたことで、アオイが持っていたものに自然と視線が集まった。
「は!?ア、アオイ!お前なんてもの持ってるんだよ!?」
声を上げたアルマに、ロイも同意するようにうなずく。
「そうです。私もそれが気になっていました。アオイくん、何があったのかお話していただけますか」
「それは……構わないんですけど……」
きょろきょろと何かを探すアオイに、アルマは不思議そうな顔を向けた。
「どうした?」
「いや、トリアイナさんがいつの間にかいなくなっちゃって」
「──トリアイナ?」
ダンテが眉をひそめる。珍しく、アルマも同じ様に顔を厳しくした。
「う、うん。実精霊の、本当に強力な風の精霊で」
「そう、ですか。よもやトリアイナ様が……」
ロイは感慨深そうな声で空を見上げる。その意図を測りかねていたアオイだったが、すぐにダンテが問いかけた。
「じゃあ、アビスのあいつも、実精霊トリアイナがやったんだな?」
真剣な面持ちのダンテにアオイが頷くと、ダンテとアルマが安心したようにため息をつく。アルマに至っては地面に再度寝っ転がるほどだった。
「そうか……!ならよかった!俺たちは、見捨てられちゃいなかったんだな」
心底安心したらしいアルマは、そのまま腕を頭の後ろで組んで本格的に寝る態勢に入る。それをダンテに邪魔されている中、所在なさげにしているランファにアオイは歩み寄った。
「無事でよかったです。サラームさん」
ランファは驚いたような顔を浮かべてからはにかむ。
「あんたお人よしだね。──ランファでいいよ。初めまして。確か……アオイだっけ?」
「うん。…………うん?」
アオイの疑問詞と共に、男子三人がランファの顔をまじまじと見つめた。