実精霊トリアイナ-3
猛り狂う暴風が、スーツの男とアオイを飲み込んだ。アオイはお腹が持ち上がるような感覚と共に、足が地面から離れていくのを感じ、近くにいたチリシィを手繰り寄せる。
「大丈夫。この風はキミには襲いかからないよ」
トリアイナの声が聞こえるのと同時に、アオイは身体がしっかりと平衡感覚を保っていることに気がついた。
おずおずとチリシィから離れると、自分が地面に立っていながらも身体が浮き上がっているような、そんな不思議な感覚に身を包まれる。
「さて……お仕置きの時間だ」
「ぐうっ……!」
大気中のマナ全てを震わせるような声を轟かせ、トリアイナが嵐の中から姿を現わす。
「で──」
その姿を見て、アオイは絶句した。
一枚一枚が、アオイの身長を頭二つ上回ろうかというほどの大きさをした羽。先ほどまでは人の部分があった腕は、力強く羽ばたく巨大な翼に変わり、人型の顔は鱗に覆われている。
「でっかい……!」
トリアイナが一つ羽ばたくたびに新たな風が生まれ、嵐の中に加わっていくのを見て、アオイは本能的に理解した。
──ここはトリアイナの腕の中。今自分たちの命は、彼女のさじ加減一つで決まる。
「く、クソ!こんな、このようなことが!このようなことがあってたまるものですか!」
だからこそ、今スーツの男は風になぶられ、まともに上下すらわかっていない有様だった。
むちゃくちゃに腕を振り回し、千切れたビニールのように舞う姿を見ていると、愉快さよりも恐怖が湧き上がってくる。
「あってたまるから、古の人々はボクたちを畏れたのさ。自然を侮ったことも、精霊に命を奪われることも、キミたちにとってすごく悲しいことなんだ」
風が突如男の腿を裂いた。
「──っ⁉︎ぐあああああああ‼︎」
男は絶叫し、アオイは思わず口を塞ぐ。
「そのための暴力装置。因果応報をもたらす脅威がボクたち実精霊だ。確かにお前の言うように形骸化した信仰と概念でしかないけれど……それでも確かに存在している。だから裁く。ボクが討つ。キミは、世界にとっての癌でしかない」
「おのれ……精霊風情が‼︎」
「そう吠えるなよ」
手の指が、男の身体から離れた。足の指も、同じようにして風に捥がれる。よく出来た人形を解体していくかのように、男の身体はパーツごとにバラバラになっていった。
アオイは吐かないように堪え、目をそらしてチリシィに身体を預ける。
「──ハハハハハハハッ!」
アオイはびくっとして思わず顔を上げる。スーツの男の嗤い声。
見たくもないのに、アオイの視線は、細切れにされていく男に吸い込まれた。
「そう。これだ……お前たちには破壊しかない。そのための再生が訪れない!未来など──」
嗤い声は再び悲鳴に変わる。しかし、その悲鳴の中から今にも不気味な嗤い声が聞こえてきそうで、アオイは耳を塞ぎ、目を閉じて、風の中に身を委ねた。
「悪あがきを」
恐ろしい風の声が響く。それきり悲鳴は聞こえなくなった。