実精霊トリアイナ-2
「いやはや、そこばかりはご理解いただけないものですな。我々人類は、この世全ての頂点に立ち、自然を掌握する絶対にして無二の生物なのです!ならばすべてを生命の発展のため、利用したとて不思議ではないでしょう?」
スーツの男はもっともらしい論理でトリアイナに訴えかける。トリアイナが呆れて口を開こうとした時、再び腕の中のアオイが割り込む様に叫んだ。
「おかしい……何かおかしいよ、それ!」
スーツの男は辟易した様子でスーツについた埃を払う仕草をする。実際にはまるで汚れていないのだから、本当にポーズだけだ。アオイはムッとなり、トリアイナから逃れるようにもがき始める。
「おっとと、降りたいのかい?危ないから暴れないでおくれ」
トリアイナから降ろしてもらえたアオイはトリアイナに頭を下げると、改めてスーツの男に対峙した。
「だって、さっきも言ったけど、そんなに上に立つって言うなら自分の持ってる力だけでいいじゃないか。わざわざ魔法に頼らなくたっていいことになるじゃないか!」
アオイの必死の訴えを、スーツの男はただ退屈そうに眺める。悔しさにいっぱいになりながら、アオイはそれでも訴える。
「僕たちも、精霊だって自然の一部だ!それを無くしたって、自然がなくなるわけじゃないのに!あなたは何がしたいのか──」
「くだらないですね」
冷たい声に、アオイは口を噤んだ。威圧に負けたからでも、涙に言葉が詰まったからでもない。
言葉が通じないということを、アオイはまだ知らなかったのだ。
「どうして……」
やるせなくうなだれたアオイに寄り添うように、雷の精霊が頬を擦り寄せた。パチパチと柔らかく弾ける電気の音を聞き、アオイはその首筋を撫でる。
その様子を見ていたスーツの男は忌むべきものを見たかのように、再び顔を歪めた。
「そんなものに縋れば、脆弱な未来しかない!自然は有限なのです。だから技術による、人工による無限の可能性、それを追わねばならないのですよ!人間という生き物は!」
拳を握りしめたアオイに寄り添うもう一つの存在。アオイが顔を上げると、トリアイナが慈愛に満ちた目でアオイを見ていた。
「実精霊──そんなものが形骸化してからどれだけの年月が経ったか、あなたは知らない!神秘も!魔法も!もはや利用以外に価値が無いのですよ!そんなもので未来は築けず、ただ過去に縛られるままだ!」
スーツの男はいつしか熱狂するように謳う。
「だからこそのアビス!だからこその技術革新!私たちの存在意義は未来のため!そのために“今”利用できるものは利用するのです!」
アオイが歯を食いしばって、それでも口を開こうとした時、立ちはだかるようにトリアイナが前に出た。
「──なるほどねえ。確かに一理はある。ボクは特に古めかしい存在だし。……それでもね、アオイ。そのためにキミの友達を“未来のための礎”とやらにさせられたら、それを黙ってみているのが人間ではないはずだ」
アオイの瞳に力が宿る。トリアイナは微笑んだ。
「それと、どうかと思って黙っていたけれど、アオイに一つ答えをあげよう。キミの疑問への答えだ」
歩み寄ってきたアオイは、不思議そうに首を傾げる。トリアイナは男を翼で指し示した。
「アレはね、利用だなんて聞こえのいい言葉で隠していたけれど。魔法や自然を利用する気なんかこれっぽっちもない」
男が何事か反論しかけたところを、トリアイナは暴風で黙らせる。
「あいつらは、最初から自然を支配しているつもりなのさ。自然を、神秘を、ボクたちを、自分たちのさじ加減一つで滅ぼせる、矮小な存在と侮っている。だから──」
トリアイナは大きく羽ばたく。今まで以上の突風が吹き荒れ、まともに目を開いていられない。そんな中でも、トリアイナの声だけははっきりと鼓膜を震わせた。
「奴らがボクに勝てる道理はない」