実精霊トリアイナ
「なるほどねえ。ボクも久しぶりの目覚めだったもので、どうしたものか測りかねていたけど──うん」
風がアオイとダンテの身体を優しく包み、あっという間に負わされた傷を癒す。その身を結んだ風を見て、アオイは思わずその名を呼んだ。
「トリアイナ!」
「やあ。トリアイナだよ。さっきぶりだね」
笑顔で返され、ようやく気づいたアオイは口を抑える。
「ん?」
「ト、トリアイナ……さん」
トリアイナはあっけにとられ、アオイをまじまじと眺めた。居心地の悪くなったアオイはおずおずと口を開く。
「い、いやその……敬語を、と」
アオイが照れるように言ったのを見て、トリアイナは噴き出した。
「あははははは!」
それからアオイに近づくと、その頭を羽毛で撫ですさる。もみくちゃにされてもなすがままのアオイに、トリアイナはさらに気分を良くして身をくっつけた。
「ふふふ。なるほどねえ」
「《土石滅精槍》!」
突如、地面から殺意とともに土と石でできた槍が飛び出してくる。アオイはとっさにトリアイナを庇おうとしたが、それよりも早くトリアイナの口が動いた。
「無礼者め」
アオイは、つむじに吹きつけた風に、頭を押さえつけられる感覚に襲われる。そうして下を見たことで、自分が地面から離れていることにも気がついた。
「ボクねえ。この子がいるからこの程度で済ませてるけど、結構怒ってるんだよ」
その眼下で、土くれの槍が風によって切り刻まれていく。細かな土も、粒子ですら、その風の中で形を保てずに崩壊していた。
「ボクの寝所に土足で入り、庭を荒らし回った罪は贖ってもらう。……ああ、キミは当然例外だよ?」
腕の中で身を震わせた小さな魔法使いを、トリアイナは愛おしげに撫で、頬ずりする。
「うん、本当に不思議な匂いだ。でもやっぱり懐かしいなあ」
「実精霊トリアイナ……時代遅れの型落ち精霊が、いったい現代に何をもたらしに来たと──」
「誰に許可を取って口を開いている?」
トリアイナのひと睨みで黙らされたスーツの男は、歯をむき出しにして威嚇するが、空から見るそれはもはや小動物の必死の抵抗に他ならなかった。
「まったく……ようやく嗅覚が戻ってきたと思ったら、薄汚いアビスの匂いを嗅がされるこちらの気持ちにもなってくれ」
「アビス……?」
羽毛に包まれながら、アオイは疑問に思う。あのスーツの男が紛れもなく悪人であることは理解しているが、あの服と「アビス」というものに何の関係があるのだろうか。
トリアイナは腕の中でアオイを回転させて男の姿が見えるようにする。
「あの男の服はアビスでしか用いられない素材で出来ているのさ。良く覚えておくといい。魔法と自然、神秘と文化を否定し破壊する。アレはそんな無法者たちの礼装だよ」
「……ずいぶんと的確な評価をしてくださる。過去の遺物ごときが未来に残されないように、我々が間引きしているのですからね」
無言で睨み合うトリアイナとスーツの男。
「ならどうして、僕たちを攻撃するために魔法を使ったんだ。そんなに否定したいなら、自分たちが使うのはおかしいじゃないか!」
アオイの訴えと、なぜ自分たちが狙われたのかという言外の怒りを、トリアイナは頭を撫でることで肯定する。
スーツの男は呆れた様子で肩を竦めた。
「簡単な話です。貴方達を消し去るのに、魔法ほど都合のいい兵器が無いからですよ」
「な──」
アオイは頭に血がのぼるのを感じる。
「勝手な理屈だろ?これがアビスの連中の根っこさ」
トリアイナも、心底から蔑んだ声音でスーツの男を断じた。