トリニウス魔導校-16
スーツの男は吹っ飛ばされると、受け身すら取れずに地面に激突した。それを見届けたアオイは、ダンテの元に駆け寄る。
「ダ、ダンテ!ダンテ!」
身体から溢れる生命の赤を認めたアオイは、ダンテの肩を叩くことで意識を引き戻そうと試みた。
次の瞬間、アオイの両腕に激痛が走る。アオイが慌てて手を見ると、手は赤く、水ぶくれが出来上がっていた。
「──っ!」
それだけではなく、再び激痛が走ると、肉の焦げるような不快な臭いと音が、アオイの意識を刺激する。
みるみるうちに両腕が黒く染まっていき、アオイを絶え間なく痛めつけた。
「ああっ!がっ!うぅ、あああああああああああ!」
痛みの元を抑えたくても、その腕が動かせない。のたうつことすら叶わず、アオイはひたすらに身をよじって痛みから逃れようとした。
「いやはや、やってくれましたねえ」
そんな中聞こえた声に、アオイはぞっとして振り返る。
「ぐう!」
アオイの顔を蹴り飛ばしたスーツの男は、もはや笑顔を保つ余裕すらなく、火傷で引きつった顔面を抑えながら、アオイを見据えていた。
「侮っていたことは認めましょう。力量を見誤ったことも」
アオイは立ち上がり、敵意をその目に宿す。しかしスーツの男は、侮蔑の笑みでそれに答えた。
「ですので、終わりにしましょう」
男が指を鳴らすと、浮遊するゴーレムによって拘束された何かがこちらは近づいてくる。
「アルマ!……サラームさんまで!」
アオイは痛みによって意識が朦朧とする中、二人の姿を認めた。
(まだ生きているはずだ。でも、助ける余力がもう……)
悔しげに歪められたアオイの顔をどう取ったのか、スーツの男の唇がめくれ上がる。
そして大仰に両の腕を広げた。
「さあ!それでは“圧殺ショー”を始めましょう!」
圧殺ショー。その意味が脳に染み込んだアオイは思わず叫ぶ。
「やめろ!」
「先にも言ったでしょう。その目を絶望に染めてから、抉り取ると」
言うが早いか、アルマとランファを拘束している手と足に過剰な力が加わり始めた。あっという間に白化し始める手首と足首を見て、アオイの思考は空回りを始める。
立ち上がろうとして倒れこみ、口の中に土が入る。それを吐き出して、アオイは顔だけを上げて再度叫んだ。
「やめろ……!やめろ!」
「ククッハハハハハッ!そうだ!それが見たかったのですよ、私は!」
スーツの男が、目を覚まさないアルマとランファをちらと見やった。その意図を察したアオイはもがくが、その姿はもはや浜に打ち上げられた魚と大差はない。
「さあ!鮮血を咲かせろ!」
男が吼えた瞬間、横ざまに稲妻が走った。
キリンのような姿、その全身から迸る雷。その四足で疾駆してきたそれを、アオイはよく知っている。
「──チリシィ!」
アオイの雄叫びとともに、雷の精霊に魔力が届く。
「ぐう!精霊だと⁉︎なぜ結界内で!」
チリシィは再度男を稲妻で刺し貫き、男は無様に吹き飛ばされた。二度目の襲撃には備えが効いたようで、男はすぐに立ち上がる。
「ぐあ!……この、精霊ごときが!人間の魔法使いに楯突くなど!」
スーツの男が激昂し、怒鳴ったその時、チリシィが来てから荒れ狂っていた風がぱたりと止んだ。