二人の魔女-2
改めて担架に乗せられて連行、もとい搬送されていくトカゲ人間を見送ると、ミルティは悩ましげにため息を漏らした。
「やぁねえ。最近多いらしいわよ、追い詰められた魔族のコが暴走するの」
「若者特有の発作じゃろ」
「まあ、つれないこと言うのねシオンちゃん」
シオンは答えず、興味なさそうに憲兵が囚われていた子供たちを検める様子を眺める。すると、横から肩を叩かれた。
「何だ?儂は忙しいんじゃ────わっぷ!?」
大きな紙袋が視界を覆い、シオンは受け止めつつも数歩よろめく。
「ええい何者じゃ!」
「ああごめんなさい!やっぱりもう少し小さい袋が良かったかしら」
「む……?」
妙齢の女性の声が紙袋の向こうから聞こえると、足元に黄色く丸い果実が転がった。同時に紙袋が若干軽くなったことに気づき、シオンは紙袋を魔法で浮かせると、地面に転がった果実を拾う。
「これは……ツユの実か?」
「お礼よ。お礼。お店が壊れないで済んだから助かったわ!」
妙齢の女性はにこやかに言うと、更に袋一杯の果実をシオンに手渡す。シオンは面食らいながらそれを受け取った。妙齢の女性はそれを見てさらに嬉しそうな表情をする。
「そ、そうか……って、待て!待て待て!一気に渡すな!」
「こんなに小さいのに頼りになるなんて、えらいのねえ。たくさん持ってお行き!」
「儂は童ではない!目上に対する礼を──この!ミルティ!おい!」
いきなり両手を塞がれたことで四苦八苦しながら袋を浮かせると、シオンはミルティを呼んだ。
「ええい、何をして────」
「ミ、ミルティさん!これよかったらどうぞ!ウチの自慢の商品なんです!」
「こ、これ!店で一番きれいな花です!ミルティさんに似合うと思って!」
「痛って!押すんじゃねえ!」
「あらあら~。みなさん、本当にいいの?」
ミルティの周りには男衆の人だかりができていた。ミルティもまんざらではないらしく、男たちからの贈り物に一つ一つ喜んで見せている。
「あやつ……」
シオンが怒り心頭でミルティを呼ぼうとそちらを振り向く。その瞬間、わずかに親友の後ろで、妙な動きが起きたのを、シオンは目で捉えた。連行されている最中のトカゲ人間の目。あれは何か薄暗い希望を湛えている。シオンは表情を変えずに、ミルティに向かって歩き出す。その後ろを、先に貰った紙袋たちがボトボトと落ちていった。
「ミルティ!」
「あら~?なあに?」
ミルティが男たちに話しかけられた時よりも一層嬉しそうな笑顔を浮かべ、男たちの複雑そうな視線がシオンに集まる。その時だった。
「グラララララララララッ!」
凄まじい熱量と音量。金属同士を超高速でこすり合わせた時のような不快な音を響かせたのは、先のトカゲ人間だった。止めに入った憲兵たちが次々と吹き飛ばされ、トカゲ人間は一直線に二人の魔女目掛けて突進し、口から高熱ガスを放つ。
「あらあ?」
「この、本当にしつけがなっていないな!」
シオンはすぐさまミルティを押しのけ、手を突き出した。
(ちぃ!高熱を炎として排出するならまだしも、広範囲に放出なぞしよって!)
心の中で悪態をつくと、親指同士を掛け、手早く魔力を練り上げる。トカゲ人間の肉体、放出が始まったガス、近くにいる人間たちの保護……。
「ダメだ!加減が効かん!」
調整よりも術式による魔力解放の方が早い。頭の中で計算結果を叩き出し、シオンは歯噛みする。高熱ガスによる周りへの危害を考え、逸った結果、己の出す損害の方が大きくなってしまう状況に陥った。
「己の優秀さを恨むことになるとはな!皆の者!疾くそやつから離れよ!」
言うが早いか、空間が凍てつきだす。暴走したトカゲ人間の動きが止まり、付近に居合わせてしまった住人たちの息までもパキパキと音を立て、動きが鈍り始めた。
「あ……あ……」
「く……!」
絶望に目を染め、手をこちらに伸ばしてくるのは、先に果実を渡してきた商人。だが、シオンは目をそらした。それ以上に、トカゲ人間を抑え込まねば被害が拡大した意味がない。シオンの魔力が増大したことで、街の一角の温度が一気に下がり、その一部のみが白銀に染まる。
「せめて、痛みなく逝くが良い」
ほんの一瞬、完全な静寂が訪れる。そして勢いよく熱い風が吹き抜け、すぐに冷たい風が吹き荒れた。
「趣味の悪い氷像など見たくもないが……そうもいかぬか……」
だが、シオンは凝らしていた目を見開いて驚いた。霧の向こうから現れたのは、咳こむだけで無傷の街の住人たちと、氷漬けになったトカゲ人間だったのだ。
「……なんだと?儂の計算が狂っていたのか?」
「いいえ。そうじゃないわ」
いつになく固い声のミルティに、シオンは警戒しながら振り向いた。視線の先には、憲兵によって検査されていた、奴隷たちの集団があった。