トリニウス魔導校-12
突如として現れた、トリアイナと名乗る生物は、人間そっくりな出で立ちでありながら、腕からは大鷲の翼がはためき、鱗に覆われた足は、逆関節であり、その爪先から一つ一つがアオイの腕ほどの長さがある鉤爪が生えていた。
アオイは師匠の授業中に伝え聞いた、一つの存在に思い至る。
「まさか……実精霊⁉︎」
実精霊。人の呼び出せる限界と言われる“大精霊”の更に上位の存在。
「その呼び方、あまり好きじゃないんだよねぇ」
人間の魔法使いなど足元にも及ばない上位存在を前にして、アオイは冷や汗を拭うこともままならなかった。
(完全に藪蛇だ。突つかなくていい蜂の巣を突ついた!)
こちらを睥睨する実精霊から距離を取ろうと、アオイは足をわずかに動かす。
「──っ!」
直後、一陣の風がアオイの横を吹き抜けた。あまりにも冷たい気配をまとったそれは、アオイの背後にあった木を真っ二つに縦に割る。
「逃がさないよ。話を聞かせてもらうまではね」
トリアイナは真剣な面持ちで告げた。アオイは奥歯がカチカチ鳴りそうになるのを必死に抑えながら、トリアイナの様子をうかがう。
「別に取って食べたりしないから、そんなに怯えないの」
冗談めかして笑顔を浮かべていても、トリアイナの目は笑っていなかった。アオイは恐る恐る口を開く。
「聞きたいこと……とは?」
「さっきも言ったけれど……キミは一体何者なんだい?懐かしいような、憎たらしいような、そんな不思議な香りをさせて」
トリアイナはアオイに顔を寄せると、くんくんと鼻を鳴らして匂いを嗅ぐ。アオイが身を縮こまらせると、トリアイナはその瞳を覗き込んだ。
「怖がらなくても、キミが急に動かなければ大丈夫だよ。さっきの傷も、それが原因なんだからね」
そう言われて肩を見れば、いつのまにか傷口が完全にふさがっている。ゆっくり確かめるように動かしてみても、痛みは感じられなかった。
「これで信じてもらえたかな。さあ、質問に答えて!」
アオイは肩とトリアイナの顔を見比べる。それから、困りはてて目線を落とした。
「えっと、華の魔女……は僕の先生です。あ、でも学校の先生とは違うというか、命の恩人で……」
しどろもどろに喋るアオイの話を、トリアイナは頷きながら聞く。
「だから、その……他の匂い?については、よくわからないです……」
「ふーん」
トリアイナは突然、アオイの頬を両手と羽毛で挟み込んだ。そうしてしばらく、困惑するアオイを眺めると、またもや急に拘束を解く。
「嘘はついてないみたいだね。じゃあ勘違いなのかなあ」
トリアイナはどこか懐かしむようにそう言うと、アオイから軽やかに離れた。
「何はともあれ、答えてくれてありがとう。久しぶりに懐かしい……と言うには少し複雑だけど。そんな気持ちになれたから、嬉しかったよ」
そのまま姿がブレていく。
「何でかな……キミを見ていて、あの子を思い出したんだ。──縁があったら、また会おうね」
アオイが呼び止める間も無く、風が辺りを包み込む。四方八方から吹き付ける風に、アオイは目も開けていられなくなった。
(ああ、きっとキミとは、仲良くできそうだ)
目を閉じ、暗くなった視界。ごうごうと吹き荒れる風の合間に、アオイはそんな声を聞いた。