トリニウス魔導校-11
アオイはいくつかのパターンで道を選び、雑木林の迷路を歩く。
一つ目、整備された道を外れ、中心地を目指す。
──失敗。
二つ目、後ろ向きに歩き、進行する。
──失敗。
三つ目、地面の下を進み、視界情報を遮断する。
──失敗。
アオイは風向きや湿度を肌で感じ、それを頼りに歩くことも考えたが、すぐに己の思考に頭を振った。
(ここまで徹底的となると、おそらく単純な人返しの魔法陣が敷かれていると考えた方がいいはずだ)
アオイは自分のカバンから色付きの香を封じ込めた瓶を取り出す。コルクの蓋をどうにかこじ開けると、紫色の煙が漂い始め、数歩もいかないうちに渦を巻き始めた。
アオイが煙の尾に触れ、探知のための魔法を起動すると、二股に分かれた煙が、アオイのすぐ真後ろに立ち込める。
「おや?」
予想外の位置から反応が返ってきたことで、アオイは困惑した。
この配置では、完全に人避けのみを目的とした効力を持たせるのが精一杯のはずだ。来る人間を排除、籠絡するといった類の悪意が、まるで感じられない。
アオイはしばし思案し、煙の下に浮かび上がった魔法陣を読み解き始めた。
「……本当にただの人避けだ。何のために……?」
ここまで大掛かりな結界を張っておいて、結界の“内部”に人避けの陣を置く意味。そして、稚拙な結界とは精度のレベルに雲泥の差があるとすら思えてしまうほど美しい術式。
(どういうことなんだろう)
アオイは困惑するほかなかった。犯人の思惑がまるで読めない。あるいはただのナルシストが起こした珍事、と言われた方が納得がいくほどの状況のちぐはぐさに、アオイは頭を抱える。
「うーん……?」
首をひねった時、ふと強烈な風が吹き抜けていった。よろめきながらも、アオイは雑木林を後にしようとする。
「ここはたぶん今回の事件とは関係が──」
そして言い終わる前に跳躍した。避けた後の地面は、まるで鋭利な鎌で刈り取られたかのごとく抉れている。
「ずいぶんと懐かしい匂いだ。我が怨敵、かの“華の魔女”の香り……」
空中に尾を引くような女の声。アオイは首を巡らせて、その出どころを探った。
「それに誘われてきてみれば、君は一体何だ?姿を見てようやく気付かされたけど、えらく混ざり物の臭いがするね」
気配が近い。アオイは慌てて身体をひねり、左肩から前転して距離を取る。
だが、すぐにその左肩から熱い感覚が走った。いつのまにか肩紐の千切れた鞄は、赤い液体が付着している。
「痛っ……」
遅れてやってきた激痛に、アオイの視界が滲む。
それでも、目の前に風が集まり、それが生物として形取るのを、アオイは見逃さなかった。
「ボクはトリアイナ。質問に答えてよ。混ざり物くん」