トリニウス魔導校-10
落下は不意に止まる。精霊にしがみついて怯えていたアオイだったが、その精霊が着地の衝撃すらも殺して地面に降り立っていた。
「気配を感じられない。それに……鼻が曲がりそうだ」
恐る恐る精霊から降りると、アオイを見送るように、チリシィはその姿を霧散させてしまう。
一気に心細くなったアオイは辺りを見回した。こちらを狙う何かがいるような気配はなく、アオイは小さく溜息を吐く。
(繋がりはまだ感じているから、契約が切れたわけじゃないみたいだ。……でも、今の感じは)
通常、精霊の帰還は術者と精霊の合意によって成立する。人造人形のように、術者のみによってリンクの成立、及び切断を出来るものでも、中途半端なことをすれば、その反動はとてつもない衝撃とダメージになってしまう。
精霊ともなれば、反動はおろか、再起不能にまで陥りかねないリスクが発生する。
そのためのセーフティが、精霊側からの切断時に成り立つのが精霊術における基本術式だ。
(セーフティが発動……した。いや、させられたか)
ゆえに、アオイに起きた出来事は、アオイに対する危害を目的としたものよりは、精霊を弾き飛ばすことを優先目的としていたと考えるのが適当となる。
アオイはダンテとのこの場での合流を諦め、早々に移動を始めた。その間に術式を構築する。
「契りを結ぶ唯の路。命路導くさかしまの扉」
唱え終えると同時に、アオイの右手の小指に赤い花の指輪が結ばれ、蒼い光の蝶がその蜜を吸った。
蝶の姿をしているが、これも立派なゴーレムの一種である。
非常に微弱な魔力のみを用いるため、仮に潰されても術者への反動がほぼ存在しないことが利点とされている。
「《渡り蝶》。ダンテくんのところへ。僕の花を目印に連れて来てくれ」
蝶は数回翅を広げ、閉じると音もなく飛び去っていった。それを見届けると、アオイは墜落地点から程近い雑木林を見やる。
中心部から離れておらず、なおかつ人目につきづらい。侵入者に対しても奇襲をかけやすい、まさに敵にとっての理想環境だった。
「本当は火を放ちたいところなんだけど……」
アルマが行方不明である以上、直接的な死因になりかねない行為は憚られる。
アオイは覚悟を決め、雑木林へと足を踏み入れた。
中の視界はそれほどまでに遮られてはいなかった。木々の幹自体もさほど太くはなく、木漏れ日も通すほど明るい。それでもアオイはすぐにこの場の異常性に気付かされた。
「いつのまにか迷わされてるな」
視線を上げれば、先に幹につけておいた印が目に飛び込んでくる。
「……」
かと言って踵を返せば、あっという間に雑木林の外へと出られてしまう。
「……まあ、ここにいますよって言ってもらえただけマシなのかな」
アオイは沸き立つ苛立ちを隠さずにぼやいた。