トリニウス魔道校-8
「……ひどい臭い。どうして気付けなかったんだろう」
「へえ、そう感じるのか」
アオイはダンテの声に愉快そうな響きが混じっているのを感じ取り、片方の眉を上げる。
「ああいや、うん。俺は肌にぴりぴり来る感じだからさ」
アオイは釈然としない気持ちを隠し、結界に向き直った。
「それで、どうするの?」
雷の精霊チリシィをなだめつつ、アオイはダンテをちらと見る。ダンテはしばらく思案すると、上空に目を向けた。アオイもそれを追って空を見上げる。
「ん?あれは……」
目を凝らすと、違和感は確かな形を取って伝わる。上空の一点、半球状のドームのように広がった“淀み”の頂点で、魔力が不自然に吹き溜まり、停滞していた。
「あそこが脆そうだね。どうにか上から叩ければ……」
ダンテがこちらに視線を寄越したのを感じ取り、アオイはダンテに言葉を促す。だが、彼は話し渋る様子を見せた。
アオイは少し不思議に思ってから、もう一度話すように促してみる。
「策が浮かんだんじゃないの?」
「浮かんだことには、浮かんださ。ただ……」
ダンテは懊悩する。アオイは自分の胸を叩いた。
「ここで今すぐ死ねってことじゃなければ、何でも言って。何とかするよ」
ダンテはそれでも渋い顔をする。だが、今度は覚悟を決めたようだった。頭を振ると、アオイを見つめる。
「俺があの淀みまでの道を作る。雷魔法の道だから、君の精霊なら渡っていけるはずだ」
アオイは頷いた。ダンテは瞠目する。
「──簡単に頷くなよ。この結界の中には確実に術者がいるんだぞ。そいつと戦闘になったらどうなるかわからないし……」
「それだけでしょ?」
「──は?」
ダンテがぽかんと口を開く。
「どうなるかわからないだけだもの。死ぬと決まったわけじゃない」
「こじつけだ!」
「そうかもしれない。でも、それを指をくわえてみているだけの薄情者でもないじゃないか、ダンテくんは」
ダンテは呆れたように髪の毛を掻きむしる。普段の彼らしからぬ行動ではあったが、その口元には笑みが滲んでいた。
「ああもう!わかった!わかったよ!どうかしてるぜ、全く」
吐き捨てるように言うと、ダンテは数歩下がり、距離と角度を微調整する。
「そう長くは道を維持できない。電撃的に、一気に行くぞ」
「いつでもいいよ!」
アオイの言葉を合図に、ダンテは深呼吸して肩の力を抜いた。肩幅に開いた左足を半歩下げ、左手の掌底を空に向けて構える。
「──大空の愛、大海を射止めし楔の顎」
ダンテの詠唱と共に、空気中に火花の弾ける様なエネルギーが迸り始めた。
「暴威に酔いてその覇を示せ!《雷闢の鎖》!」
天高く突き上げられた手のひらから、雷の鎖が放たれ、まっすぐに淀みの元へと手を伸ばす。たどり着いたその穂先は、淀みの中心へと突き立った。
「チリシィ!」
目視で見届けると同時に、アオイは檄を飛ばす。精霊は主の意に沿い、雲の間を走る稲妻のごとく、雷の鎖の上を疾駆した。




