二人の魔女
「ふわぁ……」
「やだ、大きな欠伸ね。そんなに退屈?」
おおよそ女児にしか見えない女と、妖艶な女が連れ立って歩いていた。女児は欠伸をかみ殺すと首を振る。
「慢性的な寝不足だ。ミルティといて退屈な方が珍しいぞ」
「ほんと?よかった」
ミルティと呼ばれた女は無邪気に喜んで見せる。ともすれば、はしたなくすら思えるそれは、彼女たちの美貌によって魅力へと変換されてしまう。周りの男たちの視線を集め、連れの娘たちからの蹴りを入れられている姿が通りのあちこちで散見された。
「私もシオンちゃんとお出かけするの大好きよ」
女児───シオンと呼ばれた女は、気だるそうにしながらも、ミルティには笑顔を向ける。
「儂は外出は好かんが……ま。お主となら話は別じゃな」
「やーん!シオンちゃんってばあ!」
ミルティは惜しげもなくその豊満なバストでシオンを包み込む。
「こればっかりはいけ好かんがな……!」
ミルティに聞こえないように恨み言をごち、シオンは街の外へ目を向ける。街道の周りを囲うように麦畑の広がる景色は、生命の輝きを宿し、あおあおと天を仰いでいた。
「そろそろか」
シオンが誰に言うでもなくつぶやくと、ミルティが「そうね」とにこやかに答える。すると突然、丘の向こうに土ぼこりが雲のごとく立ち上がった。何者かが勢いよくこちらにやってきていることに、街の人間たちも少なからず気づき、物珍しさから通りに人が集まり始める。
「ギャオッ!ゲゥ、ギャギャギャ!」
奇怪な声を上げ、雄牛に荷車を引かせながら猛進してくる。二人の女は、その進行方向を見定めて立ち塞がった。
「ギョッ!?」
そんな姿に気づいた御者が、大慌てで雄牛を立ち止まらせる。興奮冷めやらぬ雄牛をなだめつつ、御者は目の瞬膜を降ろして、二人の女を怒鳴りつけた。
「コラァ!お前ら死にてえのか!」
シオンはその罵声を、煩わしそうに耳の穴を指で隠して聞き流す。上から下まで眺めると、一つ頷いた。
「トカゲ人間の御者、雄牛の引く荷車。間違いなくこいつだ」
「よかったあ。まだまだ私たちも現役ね?」
「ああ!?なんだてめえら!誰の許可とって検分なんぞしてやがる!」
不愉快そうに鼻を鳴らすと、シオンは雄牛を蹴り飛ばした。
「ギョ!?おいこら!ほんとに何しやがんでぇ!」
青筋を立てた御者が慌てて手綱を引くが、雄牛はびくともしない。
「ア……?」
不思議そうにしている御者の肩に、ふと柔らかい感触が当たる。思わず振り返ると、いつの間にかミルティが御者の肩に手を置いていた。
「ねえ、お兄さんはご存知?」
「……な、なにをだ?」
その瞳に魅入られ、御者は初恋の相手を前にしたようにどもりだす。
「最近ここをにぎわせてる奴隷商人……いいえ。“人攫い”がいるの。お兄さん、ご存知ないかしら」
「ええ?そりゃ、知ってるよ───」
トカゲ人間は、見栄を張るように大声で言った。
「それは俺のことだからね!」
「────そう」
極寒の視線。ミルティの瞳の変化を見て、御者はようやく自分の失態に気づき、口を塞いだ。
「い、いや!違う!今のはかっこつけだ!そう!かっこつけ!だから俺はそんなヤツじゃなくて────」
「もう何を言っても苦しいと思うぞ、小僧」
後ろから、シオンの声がした。御者は血相を変えて振り返る。
「う、うるせえ!そろいもそろって俺を嵌めようとしてるんだろうが!憲兵に突き出してやる!」
「物的証拠があるのだから捕まるのはそちらだろうが。阿呆め」
「黙れぇクソガキィ!俺は今年で23だ!てめえらみてえなナチュラルどもとは生育が違うんだよ!」
口角から泡を吹きながら怒鳴り散らすトカゲ人間に、シオンはつまらなさそうに目を向けた。
「儂の30分の1も生きておらぬ小童なら、そりゃ生育は違かろうな」
「………………は?」
唖然とした御者の目の前で、荷車の天幕が縦に引き裂かれた。荷車の中では、うなだれ、ハエすらたかり始めている子供たちが数多く転がっていた。見物客からどよめきがおこり、いつの間にか駆けつけていた憲兵たちの顔つきが一気に険しくなる。
「グッ……!ギギ……!」
「憲兵ども!この者を疾く捕らえよ!」
シオンの一声で、トカゲ人間はあっという間に逃げ道を失う。完全に囲まれ、観念したようにうなだれた。
「ク、クッソお……」
「フン。手柄は譲ってやる。せいぜい感涙にむせべよ」
「……いちいち一言多いんですよシオン婆様」
「────ほう?」
「ただちに被害者のリストとの照らし合わせを行わせていただきますー!」
憲兵とのやりとりに笑い転げていた街の人間たちは、嫌な顔一つせずに子供たちを保護し始める。その間を縫って、憲兵の一人がミルティとシオンのもとへと駆け寄ってくる。
「この度は、ご協力いただき本当にありがとうございました。我ら憲兵一同、お二方のご厚意に賜り、恐悦の極みにございます」
「良い。堅苦しいあいさつなどどうでも良い。儂らは結局のところ金で動いただけじゃ。その程度にしておけ」
「寛大な配慮に感謝を」
かしこまった様子で頭を下げる憲兵にシオンが辟易していると、ミルティが横やりを入れた。
「うふふ。また困ったことがあったらいつでも言ってね。私たち暇してるから」
「おい、ミルティ」
「嘘じゃないでしょう?」
シオンは鼻を鳴らし、そっぽを向く。事実、ミルティの言うことを否定することはできなかった。シオンもミルティも、金銭面での苦労とは無縁であり、気まぐれや予知夢によって人々を助けに現れることがしばしばあったからだ。
「今回のは予知夢の調査も兼ねているじゃろう。灼熱で世界を飲み込む忌み子などまゆつば────」
「キェェェェェーッ!!」
「うわあっ!」
突如、奇声と共に憲兵たちの悲鳴が上がった。シオンたちがそちらに目を向けると、抵抗時に交戦したのか、血まみれのトカゲ人間が突進してきていた。
「死ネ!シネシネシネェェェェェェッ!」
「錯乱したのか?」
呆れかえったシオンの言葉に反応するように、トカゲ人間ががぱっと口を開く。それを見て二人の魔女の表情が険しくなった。トカゲ人間の舌に、細長い穴が縦に切れ込みのようについており、まるで呼吸でもしているかのように開閉していたのだ。
「発炎機関!?みんな離れて!」
ミルティが即座に周りに激を飛ばすと、見物客たちが蜘蛛の子を散らしたように逃げ出す。
「まったく世話の焼ける!」
シオンは目をつむると、両の手の人差し指と親指を付け、三角形を作るように構えた。すると、シオンの周りの大気に圧力が生まれ、光の球がパチパチと音を立てて浮かび始める。
「儂の前に向かってくる根性は認めてやらんでもないがな。“岩石封印”!」
シオンが印を解き、手を突き出すと、何もない空間に突如として岩盤が出現、壁を作った。同時に出現したそれらは立方体を形作り、急に立ち止まれなかったトカゲ人間が中で衝突する。くぐもった音がしばらく聞こえたが、それも時間と共に聞こえなくなっていった。
「ふむ、まあこのくらいにしておくか」
「助かりました。……しかし、何をなさったので?」
「奴の魔力を掬いだして捨ててやっただけじゃ。中で炎を吐いて酸欠でも起こしてなけりゃ死にゃせん」
「な、なるほど」