トリニウス魔導校-4
「本当にすまなかった」
寮の部屋の扉を開けるなり、アルマが頭を下げる。目を白黒させていたアオイだったが、顔を上げたアルマの顔を見てさらに仰天する。
「ちょ、ちょっと!大丈夫⁉︎」
アルマの顔のあちこちに痣ができ、顔そのものが一回り腫れ上がっているように見えた。
アオイは慌てて椅子から降りるとアルマに駆け寄る。
「二、三発本気で殴ったし殴られただけだ。大したことない」
「ちゃんと冷やさないと良くないよ……。もう……」
アオイはとっさに自分の服の袖を破くと、その上に大気を氷として固めて袋にした。アルマが驚くようなそぶりを見せたが、それにも気づかずにアルマの患部に氷嚢を押し当てる。
「い、痛!痛い痛い!」
逃げるように顔を動かしたアルマを、アオイは空いている手でがっちり捕らえた。
「当たり前だろ?」
皮膚がギチギチと音を立てる。
「ごめんなさい……」
アオイの笑顔を見て、アルマは金輪際アオイを怒らせないようにしよう、と密かに心に誓うのだった。
アルマはアオイから氷嚢を受け取ると、患部に当てつつ寝具に腰掛ける。文句を言いながら再び机に向かった背中に、アルマは声をかけた。
「すまなかった」
「……何が?」
アオイの声は穏やかで、いつもと変わりない。アルマは逡巡した後、もう一度口を開いた。
「……罵声が苦手なんだろう?……気づかなかったんだ。だから」
アオイの手が止まる。アオイはアルマに気づかれぬよう、わずかに唇を噛むと、笑顔で振り返った。
「そんなに気にしないでよ。大丈夫!僕が意気地なしなだけだからさ」
アルマは少しホッとしたような表情を浮かべる。アオイはちなみに、と前置きすると手を顎に添えた。
「彼女と前から知り合いだったの?それで第一印象最悪だったとか?」
「サラームのやつと?いいや?」
アルマが即座に否定する。アオイは大いに驚いた。
「それなのにあんなに仲が悪かったのか」
アルマは肩をすくめる。
「謂れのないやっかみには慣れてるよ」
アオイは複雑な心境のまま頷いた。実際、似たようなことが数件起きていたのだ。ただ、その場合はアルマの顔見知りだったり、アルマが背景などを把握している人物であることがほとんどだったのだが。
「じゃあ、サラームさんもいつもみたいにどこぞの息がかかってるってやつ?」
アオイがアルマの物真似をしながら尋ねると、アルマの表情が渋いものに変わる。
似てなかったかな、と密かにアオイが恥じていると、アルマがゆっくりと首を振った。
「いいや。彼女に関してはまるでわからない。なんなら、つい先日助けてもらったほどだ」
アオイが目を丸くすると、アルマは首をひねりながら、その出来事を話し始める。
「生物学の実践授業の帰りだったんだがな――」