トリニウス魔導校-3
「……なに?嫌がらせ?それとも私への当てつけ?」
突然あからさまに強い不快感を含んだ声がして、アオイたちは飛び上がる。
振り返ると、一人の女子生徒がそこにいた。長いクリーム色の髪と、茶色の色彩。下着が見えるギリギリまで制服のボタンを開け、じゃらじゃらと鎖のアクセサリーをつけたズボンを履いている。
女子生徒のほとんどは思い思いに制服を改造しているが、ここまで派手になると指で数えられる程度しかいなかった。
──ランファ・サラーム。類稀なる錬金術の才で、特待生として入学した女子生徒である。
「いいや?別に」
そんな彼女から向けられた敵意を、ダンテは一切顔を見せずに敵意だけで返した。
しばらくダンテを睨んでいたランファだったが、鼻を鳴らすと矛先を変える。
「そこ、私の席。邪魔」
「え⁉︎あ、わ、悪い」
アルマが慌てて立ち上がると、ランファは最悪、と言いながら机の中身をごっそりと持ち出し、鞄に詰め込んだ。
「おっかねえ……」
ランファがアルマを睨めつけると、アルマが凄まじい速度で顔を背ける。
こう言った空気が苦手なアオイは、情報を遮断しようと教科書に目を落とした。とはいえ、どうにも集中力を維持できず、文字が目を滑っていく。アオイは小さくため息をついた。
「チッ」
それが気に食わなかったらしい。ランファはアオイの背を椅子越しに思い切り蹴りつけた。
「うわっ」
アオイはつんのめって机にしがみつく。それを見たアルマが血相を変えて立ち上がった。
「おい!ふざけるのもそこまでにしろよ!」
ダンテも今度ははっきりとランファに向き直ると敵意を向ける。
「貴様……俺たちだけならまだしも、関係のないアオイまで巻き込むとは!」
だがランファも今度は引き下がらなかった。二人の怒りを前にして、彼女もまた怒りを爆発させる。
「関係ない?関係がないですって⁉︎そこにいるのに!冗談じゃない!お前だって結局はそこのクソ野郎どもと同じだ!」
「まだ言うか!」
「ここでは私たちは平等だ!いくらでも言ってやる!お前たちみたいな貴族が腐ってなきゃな──」
ガンガンと頭に響き続ける声に耐えかね、アオイは荷物をまとめて気配を消し、席を立った。認識阻害魔法は正常に働くと、アオイはそれを維持したまま下駄箱まで歩いていく。
俯いた頭に、夕陽が容赦なく熱を注ぎ込む。アオイは突如地面に浮かび上がった二つの水の染みを見つけ、空を見上げた。雨が降っていないことに気が付くと、手で頬をそっと拭う。
「んしょ」
革のザックを背負い直すと、アオイは一つ伸びをした。
(事情があるのはわかるけど、よそでやってくれないかな)
言葉の代わりに漏れたため息は、どことなく湿り気を帯びている。アオイは頰を叩くと、思いっきり走ることにした。