トリニウス魔導校-2
パチパチパチ、と拍手の音が聞こえてきて、アオイとアルマは振り返る。
「見事な説明だ。さすが、あの花の魔女の弟子を名乗るだけはある」
「……げえ、コルネリア」
アルマの明らかにげんなりした声に、教室の入り口に立っていた、見目麗しい青年が声を上げて笑った。
「ずいぶん嫌われたものだ。名で呼んでくれて構わないと言ったのに」
彼の名はコルネリア・シモン・ダンテ。現トリニウス魔導校主席であり、アオイ、アルマの友人であった。
王家の分家であるコルネリア家、その三男である彼は、家督を継ぐという場からは遠ざかっていながら、その存在を内外に知らしめている秀才である。
「お前に!勝てないのに!馴れ馴れしくしたら負けな気がしてるんだよ!」
「十分馴れ馴れしくしてると思うけどな……」
アオイの言に、アルマは不貞腐れて机に突っ伏す。ダンテは苦笑すると、アオイの隣の席に腰かけた。
「ダンテくんには退屈な説明だったかな」
アオイが不安げに問いかけると、ダンテは大きく目を見開く。
「とんでもない!さっきは本当に感心したとも」
それからダンテは脇に抱えていた教科書と羊皮紙を机に降ろした。
「なに、お前も何かわからないとこあるのかよ」
アルマが半ばヤケ気味に問いかけると、ダンテは曖昧に笑って肩をすくめる。
「いや……そういうわけでもないんだけど……。ちょっと他の場所じゃ集中できなくてね」
否定する素振りくらいしろよ、とアルマはごちた。それから気になったようで、アルマはダンテに向き直る。
「集中できないってどういうこったよ。お前なら造作もないだろ?」
「その、ね……人が……」
ダンテは肩をすくめると、すさまじく疲労の滲んだ声で答えた。アオイが視線を感じ、教室からのぞく廊下を見ると、溢れんばかりの女子生徒がひしめきあっている。
「ああ……」
アオイはただ、否定とも肯定とも言えない言葉を漏らした。あれだけの人数が常について回るとなれば、ダンテの精神的疲労も並ではないことが容易に想像できる。アルマもちらっとそちらを見て、頰を膨らませた。
「へえ、おモテになりますこと」
「許嫁もいる身だ。勘弁してほしいね」
ダンテはすげなく答えると眉根を寄せる。しかし声に隠しきれない喜色が漏れており、アルマは口を思い切りへの字に曲げていた。
アオイはそんな2人のやりとりをよそに、ダンテの広げた教科書を覗き込む。
「うわ……これ読めるの?」
ダンテの教科書には余白という余白に書き込みがされ、ページの端はよれよれになっていた。
いついかなる時も清廉であれ、という考えをしているアルマたち貴族からすればかなり異例の使い方をしている。
「私が読めれば問題ないよ。それに、そうするだけで大体の面倒な手合いを退けられるからね」
「ふーん?」
アオイが首をかしげる横で、アルマはどうにもダンテの教科書の使い方がお気に召さなかったらしく、大人しく首を引っ込めた。
「アオイくんには無縁の話かな」
ダンテの言葉には、強い含みを感じさせられる。アオイはどこか釈然としないながらも、「そうかもしれない」と頷いた。