編入試験-4
(しまった───)
アオイは無限に浮かび上がり続けるターゲット群を見て、内心歯噛みしていた。大丈夫だと啖呵を切った手前、認めるのは至極恥ずかしいことだが、アオイは“聞き取り間違えて”しまっていたことにようやく気付いた。
立て板に水のごとく説明された中で、アオイが聞き取れたと自信を持って言えるのは、「時間内」「指定エリア内」「ターゲットの破壊」だ。その間に何やらぐちゃぐちゃ言っていたのだが、緊張で聞き取れなかったのである。
(この試験、制限時間内にターゲットをすべて壊すんじゃなくて……)
気づいた時にはガス欠寸前であり、もはや足元も覚束ない状態になりつつあった。魔力切れになると、失神寸前の貧血のような症状を引き起こしてしまう。とはいえ倒れることだけは絶対に避けねばならないと、アオイは気力だけでどうにか二足で踏ん張っていた。
汗が滝のように流れ落ち、頭が重力に引かれてそのまま落下してしまいそうだ。目の奥で白い光がチリチリと音を立て始める。
「まずい……」
次第にアオイの腕が熱を持ち始める。比喩表現ではなく、アオイの腕から湯気が昇り始めていた。アオイは倒れることよりも今の自分の状況が遙かに問題であることをようやく自覚し、魔力の流れを無理にでも止めようと目をつむる。
しかし却ってそれが彼の集中を高めてしまい、滝つぼにも似た魔力のうねりがとぐろを巻いた。
「あれは───!」
その様子を見ていたロイとイミナが息を呑んだ。魔力の暴走自体は、アオイほどの年頃の子であればよくあることだ。だが、あの魔力の渦はなにやら「質」が違った。
「先の手はず通りに。儂が出る」
そんな中、やけにのんびりした口調でシオンが桟に足を掛けた。ロイは瞠目する。
「あの中に飛び込むのは自殺行為です!」
「あの子に人を傷つける意思はないから平気じゃ」
「そんな無茶な!」
ロイの慌てた声を背後に、シオンは階下へと身を躍らせた。膝をついて着地すると、アオイへと近づいて声をかける。
「おい!」
こちらを一瞥すらしない。シオンは鼻を鳴らすと、無造作に肩に手を置いた。ほぼ反射的に顔だけで振り向こうとしたアオイの頬に、シオンの爪が食い込んだ。
「痛ッ」
強引に集中を解かされたアオイは、その反動で仰向けに倒れる。魔力の渦は力の行き場を失い、ふわりと上昇し始める。
「まったく……」
シオンは片手を頭上に掲げ、予め組んでおいた術式を発動させる。半球状のドームが広がると、倒れたアオイたちを守るように包み込んだ。
「む?距離で見誤ったか」
シオンはアオイの足がわずかにそのドームからはみ出していることに気が付き、脳内で術式を軽く修正する。ゆっくりとドームが広がる中、さらに上空にある魔力の塊が輝いた。
花火の弾ける様な重低音と共に、魔力が四方八方に拡散する。エリアの防壁に当たっては跳弾し、内包したエネルギーを消費しつくすまで飛び回るそれは、竜巻に呑まれた石のつぶてに似ていた。
「よかった、防壁を食い破るほどだったらどうしようかと思いました」
ロイが安堵した様子で呟く。イミナも同意するように頷いた。