プロローグ
夜の繁華街で、少年は逃げていた。何か得体のしれないものが、その背中を追いかけていた。
「ハァッ────ハァ────!」
少年は眼帯でよく見えていない視界を、頭を動かすことで必死に補いながらひた走る。
「やだ、やだよ!助けてよ!」
誰に対して言うでもなく。
「ごめんなさい!ごめんなさい!いやだ!」
少年に非があるわけでも、なかった。
「あっ!」
足がもつれ、どうと倒れこんだ少年に、影が落ちる。少年を追いかけていた男は、喜色に顔を歪めると、持っていた鎚を、少年へ振り下ろした。
少年は目をつむり、胸に抱いた買い物袋を庇うように身を丸める。
「ギッ!」
強烈な痛みが少年を襲い、少年は買い物袋を下敷きにして転がる。
「あ……」
衝撃で脳が揺れたのか、少年は朦朧とした様子で買い物袋を引き寄せ、中身を見る。中で白い殻が砕け、液体が飛び散ってしまっているのを確認し、少年は涙で湿ったため息を漏らした。
「怒られ、ちゃう……」
そして少年は、前のめりに、頭から草むらへと突っ込んだ。
「……?」
わずかに残った意識をかき集めて、少年は草の茎の束を握りしめる。痛みと生暖かい感触で混乱する頭を抑え、少年は瞠目した。
「どこ、ここ」
ふらふらと立ち上がると、少年はたまらなくなって声を上げた。
「おかあさん!おかあさん!」
首をいくら巡らせても、辺りは暗闇に呑まれ、まともに視界も確保できない。溢れ出した涙と洟水を無理やり拭い、少年は歩き出した。
(ぼくがはぐれなければ良かったんだ。なのに……)
辺りは深い闇に呑まれ、自分の手がぎりぎり視認できる程度。さらに、目の前の草を分けても、別の株が顔を覗かせる。少年は次第に、己がどうやって進んでいるのか、わからなくなり始めていた。
「……」
少年の吐息に湿り気が混じる。声だけは出すまいと唇を噛みしめて、少年はただ歩いた。夜の風は冷たく、容赦なく身体から体力を奪っていく。
(もうだめだ)
少年はついに立ち止まると、力なくその場にしゃがみこんだ。身体を丸め、茎の太い草の一株に身体を預けると、目を閉じる。
「……卵、割っちゃったなあ」
ぼんやりとつぶやくと、堪えていた涙があふれだした。力ない諦めの言葉に応えるものは何もなく、風は冷たいばかりだった。
「……?」
ふと、少年が身を起こす。何か音が聞こえたような気がしたのだ。少年はしばらく周りを見回して、それから地面に耳を付ける。今度は確信した。地響きが近づいてくる。
「っ!」
少年は弾かれた様に立ちあがった。遠くに何か光の球が複数見える。
「おーい!」
少年は声を張り上げた。聞こえるように、大きな声で。すると、光の球は少し動きを止め、それから確実に近づき始めた。少年もその光に向かって歩いていく。
「誰かいるんですか?」
────その声に応えたのは声ではなく、風切り音だった。