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第6話 別れ

ファディって、イーラだったんだ。いや、イーラの本当の名前がファディだったと言うべきか。彼にこんなに悲しい過去があったなんて知らなかった。


私は本を閉じ、部屋から出た。複雑な気持ちだった。彼のことは全て分かった。生い立ちから、悪魔になった経緯まで。逆に、今まで彼のことを知らなさすぎた。

彼の全てを知り、ショックを受けなかったといえば嘘になる。でも、一番ショックだったのは、ジェルソミーナのことだ。


私は自室に戻り、ジャスミンの花を髪に刺すため、鏡を見つめた。そこには、少女だった頃のジェルソミーナにそっくりな私が映っていた。彼はたまにうわごとのように彼女の名前を呼んだ。ジェルソミーナが彼にとって大切な人だったというのは分かる。いや、きっと、ファディはジェルソミーナのことが好きだった。


じゃあ、私は、彼にとってジェルソミーナの身代わりだったの?


確かに私はジェルソミーナにそっくりだ。だとしたら、彼は私でなく、私の中にジェルソミーナの面影を見ていたことになる。

私を連れてきたのも、私に優しくしたのも、私にキスをしたのも、全部、私がジェルソミーナにそっくりだったから?


壊れていく。心が、音を立てて、壊れてゆく。


私は思い切り鏡を殴った。鏡は割れ、ガラスの破片が辺りに飛び散った。


「私は、リアよ! ジェルソミーナじゃない。私を見て! ジェルソミーナに似た私じゃなくて、リアを、私を、私個人を見て欲しかった…!」


気がつくと涙が溢れていた。涙は止まることを知らず、私はいつまでも泣いていた。


---


彼が、帰ってきた。


「おかえり!」


私は彼の姿を見るなり駆け寄って抱きしめた。色々悩んでいたけど、そんなことは彼の顔を見た瞬間に吹き飛んだ。


やっぱり、私はイーラが…ファディが好き。


「ただいま」


彼は優しく私を抱きしめ返した。


「ねぇ、私ずっと寂しかったんだよ。あなたは、私と会えなくて寂しかった?」


「うん、もちろん。」


嘘つき。私は彼の胸に顔を埋めながら思った。あなたが寂しかったのは、私に会えないからじゃなくて、ジェルソミーナによく似た私に会えなかったからでしょ。もし、私がブロンドじゃなくて、ジェルソミーナとは似ても似つかないようなもっと醜い容姿をしていたら、あなたは私に見向きもしなかったでしょうね。


「そう。」


私の心は、刺を抱えたままだ。


---


私は再び彼を誘い、シャトランジをやった。実は彼とはもう何度か対戦しているが、未だに一度も勝てたことがない。でも、記憶にあったように、ジェルソミーナのように駒を進めれば勝てるかもしれない。


「私の留守中に何か変わったことは無かったか?」


「別に何もないわよ。」


「そうか。なら良かった」


たわいもない会話をしながらも対局は進んでいく。私は粘り、時に変則的な手を打った。極限まで集中しているため、会話の内容も適当だ。


「そういえば、隣の国で疫病が流行っているらしい。」


「ふーん。」


「屋敷にいれば安全だが、外に出る時は気をつけるように」


「うん」


別に、隣の国で疫病が流行ろうが、革命が起きようが明日の天気くらいどうでもいい。

…よし、うまい具合に誘い込めた。あとは、シャーを取るだけ。私は勝利を確信した。


「シャーマートよ。今回は私の勝ち」


「…そうだな、リアの勝ちだ。」


「負けた方が勝った方の言うことを聞く。今回は、私の言うことを聞いてもらうわ」


「何なりと」


彼は負けたというのにあまり悔しそうな様子も見せず、私の繰り出す要求を積極的に聞く様子を見せた。


「言うことというか、お願いというか…」


私は少し言い淀んだ。


「何でもいい。リアの望みなら、何でも叶えてやる」


言質は取った。私は覚悟を決め、彼に要求を突きつけた。


「ラクーザに帰りたいの」


もう限界だった。彼のことは好きだし、愛してる。でも、愛しているからこそ、愛してる彼自身に私でない彼の本当の想い人の代わりとして見られているのが辛かった。

それに、私の小さなプライドがそれを許さなかった。ジェルソミーナの身代わりになれば、私が彼女の代わりに愛されるかもしれない。本人はもうとっくにこの世にいないし。でも、そんなの嫌だった。彼は好きだけど、彼女の代わりになるなんて私は嫌。


私は彼から離れることにした。優しい彼なら、それを受け入れてくれることも計算していた。


「どうして?」


「私、やっぱり家族が恋しいの。あなたのおかげで手紙のやり取りはできてるけど、でも、そろそろ帰りたくなったの。ラクーザの名産フルーツも食べたくなったし。」


まあ、そんなの方便だけど。


「また戻ってくるから。だから、一度だけ、お願い。」


嘘。一度帰ったら、もう二度と戻らない。


「…分かった。リアがそう願うなら」


彼はあっさりと許可を出した。


「本当? ありがとう。やっぱり、あなたは優しいのね。あ、あともう一つお願いがあるの。私、本当にちゃんと戻ってくるから、その、実家に迎えにきたりとかしないでほしいの。」


だって、迎えにきたら戻らなくちゃいけなくなるから。私は最初から戻るつもりなんてない。でも、これはちょっと露骨すぎたか。


「…分かった。私はここで待っている。」


私は安心し、ほっと胸を撫で下ろした。同時に、彼の優しさを利用し、騙していることに、ほんの少し罪悪感を抱いた。


それから、私は旅支度を済ませ、帰路に立った。


「忘れ物はない?」


「大丈夫よ」


「本当に送っていかなくて平気なのか」


「私1人で大丈夫よ」


「…もう行ってしまうのぉ? …気を付けてねぇ。また、縁があれば」


アッチェリアまで見送りに来た。


「さようなら、アッチェリア。」


結局、彼女はよく分からない人だった。


私はそのまま彼に挨拶し、立ち去ろうとし…彼の元に戻った。


「ねぇ、私、どうしてもあなたに言っておきたいことがあるの。多分、今言わないと一生後悔する」


「何?」


最後まで、彼に告げるべきか迷った。でも、やっぱりどうしても、最後に自分の気持ちを伝えたかった。


「私、あなたのことを愛してるわ、ファディ。」


彼は、驚きに真紅の瞳を見開いた。


「さようなら、元気でね」


私は今度こそ屋敷を発った。


…これで、良かったのよね。


私は屋敷を出てから号泣した。涙が、あとから後から溢れてくる。


…悪魔に恋なんてするから…


彼は悪魔だけど、元々人間だった。なにより、彼は人間よりも人間らしい、優しい心を持っている。


…あのまま屋敷にいれば、好きな人とずっと一緒にいられたのに


だめ、それじゃあ根本的な解決になっていない。確かに、愛する人と一緒にいられる。でも、彼は私を見ていない。彼の元を離れるのは辛いけど、誰かの身代わりになるのはその何倍も辛い。


結局、こうなることは決まってたわけよ。何年も、何十年も、何百年も想い続けてきた人に敵うはずがない。私は身代わりでもいいと思えるほどできた人間でもなかった。


まあいいわ、ラクーザに帰ったら、彼のことなんてきっと忘れられる。


私は故郷に向かって歩き出した。

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