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第3話 生贄

一晩経って冷静に考えてみたけど、結局、私は生贄ってことじゃない。

私は昨日のルッセリアの言葉を思い出していた。


『悪魔は常に人間の、特に若い娘の生贄を求め、時に花嫁や奉公という名目で連れ去ってしまう』


どうしてあそこまで私に執着するかは分からないが、昨日、私を連れ戻しに来たのは生贄に逃げられたら困るからだろう。結局、悪魔はどこまでいっても悪魔じゃない。

私はベッドの上に置いてある枕を掴むと、思い切り壁まで投げ飛ばした。


「ふんっ、私が大人しく生贄になると思ったら大間違いなわけよ! 絶対、生贄になる運命を回避してみせるんだから!…それにしても、どうしよう。具体的にどうやって回避すればいいんだろう。」


王妃シェヘラザードは、処刑される運命を回避するため、王に毎夜命がけで物語を語った。

でも、私はそんなにたくさんお話を知ってるわけじゃない。そもそも、私は奉公に来たわけだから、一生懸命働いて彼に認められれば…


『リアはよく働いているし、すぐに生贄にしてしまうのはもったいない。もう少し働かせよう』


こうなるかもしれない。根本的な解決にはならないかもしれないけど。でも、とりあえず刑期は遅らせられる。私は馬車馬のように働く決意をした。


私は早速行動を開始した。まずは形から入ろうと、アッチェリアにメイド服を用意してもらい、それに着替えた。長いブロンドの髪も一つにまとめ、リボンで結んだ。奉公と一口に言っても具体的に何をすればいいのか分からなかったので、とりあえず掃除をすることにした。


「…掃除? あぁ、掃除ならいつも私が能力でやってるわよぉ…面倒くさいけどね…」


「能力…?」


私はアッチェリアに掛け合ってみたが、彼女はなんとも気の無い返事をした。


「…そう。まぁ、どうしてもやりたいなら…えっと確かそこに掃除用具があったと思うわぁ…」


「ありがとう、アッチェリア!」


私は早速掃除用具を引っ張り出してきた。本当に長い間使われていなかったらしく、埃をかぶっていた。


「…これは掃除用具を掃除する必要があるわね」


私は領主の娘なので、当然屋敷で掃除した経験などなかった。それらの仕事は全て屋敷に仕えている者たちの管轄だった。掃除のやり方など知りようがなかったが、私は彼らの見様見真似で頑張ってやってみた。最初の方はバケツをひっくり返して水浸しにしてしまったり、箒に足を引っ掛けたりとミスをしてしまったが、それも慣れてくるとスムーズにいけるようになった。


「ふぅ、こんなもんかしら」


私は一通り掃除を終え、一息ついた。もう日は暮れかけていた。屋敷内は思った以上に広く、全部掃除するのはなかなか大変だった。


「筋トレする時間がなくなってしまったわ」


でも、これで彼に認められれば、生贄化を回避できるかもしれない。あとは、そう、少しでもXデーを延期させるためには、なるべく彼の機嫌を取って、あまり逆鱗に触れないようにしないといけない。既に彼を暗殺しかけたり、屋敷から逃亡を図ったり色々やらかしたので、彼の私に対する印象はマイナスだろう。


その時、屋敷の扉が開いた。


「おかえりなさい、ご主人様!」


私は誰よりも早く玄関に赴くと、元気よく彼を出迎えた。


「ただい…リア、その格好はどうした」


彼は私の侍女服姿を見るなり問いかけた。


「私、一応奉公に来たわけだからちゃんと働こうと思って…」


「働く?リアが?」


彼は意外そうな表情をした。


「うん。今日は少し掃除したよ」


「掃除、だと? そんな仕事、アッチェリアに任せておけばいい。リアがやることじゃない」


なんなの。こんな反応、全く予想していなかった。褒められるわけでも、認められるわけでもなく、成果そのものを否定された。

確かに、彼に頼まれた仕事ではない。自分が勝手に思いついてやり始めたことだ。でも、少しくらいは、何かしらあってもいいんじゃない。それでも認められないなら、逆に私は何をすればいいわけ? 

…何をしたら、彼に認められる?


「じゃあ、私は何の仕事をすればいいの?」


「リアは何もしなくていい。」


私は、怒りで頭の血管が切れそうになるのを感じた。私は、何も求められていなかった。庭に生えている名もない小さな雑草のように、いてもいなくても変わらない、そんな存在だったんだ。いや、でもそれは少し違うかもしれない。彼が本当に生贄を求めているなら、最後、彼に食べられる時だけ、私は彼にとって意味のある存在になる。

…じゃあ、その時まで何もせず、大人しく待ってろと言うの?


「…何もするなってこと? 私は嫌よ、何もせず、大人しくいけ…な、なんでもない!」


私は生贄というワードを口にしそうになり、慌てて手で口を塞いだ。決定的なことを言ってしまったら、じゃあ今すぐに、的なことになって早まりかねない。


「どうした? 言いたいことがあるなら遠慮なく言ってくれ」


「な、なんでもないったらなんでもないのよ! …でも、言いたいことはあるわ」


なるべく彼の機嫌を損ねないと決めたのに、気が付いたら思ったことが口に出ている。多分、これはもう私の性格だから仕方がない。

この際、全て不満を言ってしまおう。


「私は可愛いお人形でも、可愛い置物でもない。何もしなくていいなら、どうして私を連れてきたのよ! 結局、私なんかいてもいなくても変わらないじゃない!」


私は叫んでいた。自分で言っておきながら、なぜか喉の奥が熱くなった。信じられない、こんなことで泣くなんて。


「リア、違う、そんな事は…」


「違わないわ!! 結局、私なんて…! もういい! イーラのばか!」


私は狼狽える彼を無視して二階に駆け上がると、自室に篭り、鍵をかけた。瞬間、堰き止められていた涙が頬を伝った。私は、怒りやら失望やらで泣きまくった。


「…ぅ、ひっく…」


これから、どうすればいいんだろう。私はもう何も思い付かなかった。生贄になる運命を回避するために行動してみたものの、空振りに終わった。いや、収穫はあった。それは、彼は自分を求めていないということを知ったことだ。


「まるで、家畜じゃない…」


その時、廊下を歩く足音が聞こえた。


「…リア?」


「ちょっと、入ってこないでよ!」


やはり、彼だった。泣いているところを見られたくないから部屋に引き篭もったのに、彼が来てしまったら意味ないじゃない。


「…リア、話がある」


「あなたと話すことなんてないわ!」


私は思わず彼を突き放すように叫んだ。私は部屋だけじゃなく、耳も閉ざした。


「…そう」


しばらく沈黙が流れた。もう行ったかしら?私は確認するためにそっとドアに近付いた。


「リアは、いてもいなくてもいい存在なんかじゃない」


「っ…!」


急に扉越しに彼の声が聞こえ、私は心臓が飛び上がるほど驚いた。


「リアを連れてきたのは、完全に私のエゴイズム。10年前、木から落ちたリアを救ったその瞬間から、私はリアを欲した」


「…なんで」


「リアを見て、止まっていた時が動き出した気がした。長い長い孤独の時が終わる気がした。…この残酷な世界に、一筋の光が入った、そんな気さえしたからさ」


「…全然、分からないよ」


「…分からなくていい。とにかく、リアが欲しかった。リアと一緒に過ごしたかった。…リアと一緒に、生きたいと願った。」


「…なんで私なわけ? 私、我儘だし、貴族令嬢らしくないし、…前にあなたも言ってた通りじゃじゃ馬だし。」


「構わないよ。別にリアに貴族令嬢としての振舞いを求めているわけじゃないから。俺はただ、リアが傍にいてくれたらそれでいい」


私は、再び頬を涙が伝い落ちるのを感じた。なんなのよ、そんなこと言われたら余計泣いちゃうじゃない。私は袖で涙を拭い、なんでも無かったかのような表情を作ると、そっと扉を開けた。


「イーラ、仕方ないから、あなたがもういらないって言うまでずっと傍にいてあげる」


「…ありがとう、リア。でも、そんなこと、絶対言わないよ。」


「…うん」


彼は私の顔に触れ、そっと抱きしめた。彼の香りが鼻をかすめる。


「10年前、私を助けてくれたのはあなただったのね」


「うん」


「あなたがいなければ、大怪我してたかもしれないわ。」


「もう二度と無茶はしないで」


「ふふっ、子供の頃の話よ? 今はもう立派な淑女になってるし」


彼は片眉を跳ね上げた。


「…へぇ、そう、立派な淑女とやらは二階から飛び降りるものなの?」


「うっ、そ、それは…」


痛いところを突かれて私は言葉に詰まった。


「リアは、今のままでいい。」


「うん」


昨晩同様、アッチェリアが来るまで彼はいつまでも私を抱擁した。


ねぇ、気付いてる? あなたが話してくれた動機には、肝心な部分が抜けている。いや、抽象的な言葉で隠しているというべきか。


あなたの心の中には、一体何が覆い隠されているの?


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