オーベルマン セナンクール作 obermann 1804年刊 それは永遠に失われた楽園への追慕だったのだろうか? ブックレビュー
この本は、1804年に刊行されたセナンクール(1770~1846)の代表作、である。
内容は主人公の青年、オーベルマンが、革命後の混乱のフランスを逃れて、、スイス・フランスの各地を放浪しながら自然や人生について瞑想したことを友人に当てて書いた書簡体小説という形をとっている。
其の述べているところは、革命への失望と混乱それらによる心の動揺、憂鬱、
厭世観などの感情吐露、さらには
近代の分業化した工業生活、への嫌悪と、人類の昔あったという、牧歌的な楽園生活への希求。
自然への回帰願望、自然との一体化への希求などへの憧憬、、。
しかしこの現代生活では決してそんな牧歌的な生活に戻れないことへの絶望、不安。倦怠、厭世観、などが綿々とつづられているのである。
彼の主張はこうだ。
『僕は人生の苦悩を贖うに値することは、何一つこの世に存在しないことを、悟ってから、
人生を単にやむを得ぬひとつの、重荷として耐え忍んできた。
(中略、)
人生はひとつの迷妄であろう。
たとえば人類に奉仕するというのもひとつの迷妄だ。だが人生には何らかの迷妄が必要なのだ、其の迷妄によって人生は紡がれていくばかりなのだから、、、。」
こうした主張が延々とスイスの美しい自然の描写の前につづられていくのである。
今、、我われが、この岩波文庫の邦訳、上下2巻本を読み通すことはかなりの努力と忍耐を必要とするだろうか?
今の我々には確かに冗長であることは確かである。
しかし当時の読書界では熱狂的に迎えられて、ゲーテの「ウエルテル」と並んで厭世気分をあおり、自殺熱をあおったとされている。
そもそも、セナンクールはフランスの裕福な家庭に生まれ、革命後はスイスに逃れてそこで過ごし、その日々の感情をフランスの友に書き贈る、、という形式に託して創作されたのがこのオーベルマンという書簡対小説である・。
オーベルマンは出版されるや当時の世情にはもてはやされたが、、
たが,セナンクールの人生は、その後は貧窮と孤独の中で、生活したという。
セナンクールにはほかにも2~3の著作があるが、今ではこのオーベルマンだけが彼の名を後世に伝えているといえるだろう。
セナンクールの創作世界を支配するのは
端的に言えばフランス革命後の失望と混乱という現実に対して
自然という架空世界へのの魂の逃避行であり、
その基本モチーフは人類への失望であろう。
彼が探求するのは自然であり
その深奥の秘密であり秘儀である、
畢竟人間も自然の一部であり
自然こそが人間の秘密なのだ。
自然の中において今現代の堕落した人間はその神秘を取り戻し
直観によってこそ人間は
霊知に到達できるだろう
人間の翻弄される運命についてもそれは
結局、感情(情念)と無意識によって
内的啓示に到達できるのであろう
それはある意味テオーリアであり
完全なる受動的な結晶作用であろうか
こうしてこの魂の結晶作用が深化すれば人間は
もはや現実は必要としなくなり
完全なる「内的恍惚」の桃源郷に遊べるのであろう。
そしてその裏返しとしてこの現実世界は
まるで手袋が裏返ったように
内的世界の不可視の記号と化すのだ。
つまりそれ(現実)は
「永遠のテオーリアのもとで不可視の記号としてアラベスクされるマチエール」と、
化すのだ。
それは究極の同化作用であり
精神と物体
現実と異世界
夢と現実
夜と昼
地上と天上
が
全く一体化される瞬間なのだ。
これこそが究極の魔術であり
究極の統一なのだ
そこでは言葉と物
色と音
が照応しあい究極のメロディを奏でる
そこでは生も死もなくなり
一切が照応しあうだろう
それは完全な恍惚であり
夜の夢と昼の情調の合体なのだ。
だが、、、
セナンクールは
その絶対感が永続しないことをも知っていた
それはまさに瞬間でしかないのである。
恍惚感から覚めれば
彼は孤独な追放者でしかなく
現実の一切は絶望でしかなかった。
そして彼は
ある種の諦念とともに
こうつぶやくしかなかったのだ
「夢はこの地上の生に挿入された特別の生である。
地上の生の流れはつながった感情の感覚でしかないのだし、
永遠の生の中では孤絶した異化した夢想にすぎないのだろうから」
fin
参考文献
オーベルマン 市原豊太 訳 岩波文庫(これは全訳です)
ロマン的魂と夢 アルベールベガン 著
おまけ
以下ウイキペディアより引用になります。
エティエンヌ・ピヴェール・ド・セナンクール(Etienne Pivert de Senancour、1770年11月16日-1846年1月10日、パリ出身)は、フランスの作家・モラリスト。
青年の苦悩と彷徨を扱った書簡体の長編『オーベルマン』は発表当時、『若きウェルテルの悩み』にも匹敵するベストセラーとなった。『オーベルマン』(岩波文庫所収)のほか、若干の邦訳がある。 作曲家であるフランツ・リストは自身の曲である『オーベルマンの谷』の冒頭に、セナンクールの『オーベルマン』より抜粋した一節を記載している
以下ブリタニカより引用になります。
[生]1770.11.16. パリ
[没]1846.1.10. サンクルー
フランスの小説家,思想家。 J.-J.ルソーの影響を深く受けた思想家であると同時に,19世紀初めのロマン主義者らしい豊かな感受性をそなえた文学者で,一生を清貧と孤独と夢想のうちにおくった。 19歳のときスイスに移り住み,その地で結婚,革命後パリに帰った。代表作『オーベルマン』 Obermann (1804) は,自伝的な性格の強い書簡体小説で,不安,倦怠,虚無感,絶望の暗い気分が全編に流れ,「世紀病」の記録といってよい。発表当時はほとんど評価されなかったが,ロマン主義の時代になってサント=ブーブや G.サンドらに認められ,多くの読者を得た。