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謎の男と下水道

「はあ、かーちゃんに小遣い切られちゃったし、バイト始めないとかなぁ。」

彼の名前は缶 内人。缶、と書きほとぎと読む。自分は結構気に入っているらしいが、友達の反応は微妙だ。もっとも彼は人付き合いが苦手なのであまり友達はいない。身長はそこまで高いほうではなく、とりえと言えば朝に強い事と、それなりに足が速い事くらい。いまは親の元から離れ一人暮らしをしているが、別に勉強しているわけでも家出しているわけでもない。普通の高校生だ。

「バイトってどこで探せばいいのかな。今スマホのアプリって色々あるもんな。」

内人は今、趣味のランニングをしている。といっても大したものではなく、家の周りの道をぐるぐるまわるだけのもの。あまり面白みがなさそうだが、店が変わっていたり、新しい家ができていたりとたまに新鮮なものに出会えるので、意外と楽しいのだ。

 しばらく走った後、内人は少し休憩することにした。近くにあった店の階段に座り込み、

「やっぱり水分補給は重要重要。」

などと独り言をつぶやきながら持ってきた水を飲む。内人はふと座り込んだ店の看板を見た。すると

“バイト・仕事紹介します 高校生でも大歓迎!”

と書いてある。内人はしめた!と思った。バイトなんてどこで探しても同じだろう。という考えで。このような彼の思い込みが彼自身のこれからの生活を変えるなど、その時にだれが考えただろう。兎に角、内人はその店に足を踏み入れた。

「こんちゃー。誰かいますかー?」

と内人は店の奥のほうに声をかけた。が、誰も出てこない。

「誰もいないんですかー?」

もういちど声をかけてみる。が、やっぱり誰も出てこない。

今日は休みなのかな、と内人は思い、店から出ようとした。すると店の奥のほうから

「すいませーん。しょーしょうお待ちくださーい。」

という間抜けな声が聞こえてきた。内人は迷った。ここで待つべきか待たないべきかを天秤にかける。一瞬待たない方に傾きかけたが、「金」という超重量級の重りによってあっけなく待つ方に傾いた。そして、内人は待った。しかし一向に店の人がでてくる気配はなかった。今度は「時間」という重量級の重りが待たない方にのしかかり、天秤は揺れた。しかし超重量級にはかなわず、結局待つ選択を選んだ。

「”しょーしょう”って嘘じゃん!」

と悪態をつきながら、また

「いや、バイトが見つかるなら、そして金が手に入るなら待つ!」

と自分に言い聞かせながら内人は待ち続けた。

そして1時間後……。さすがにもう帰ろうかと内人が腰を浮かせた時、

「すいませーん。えろう遅くなってしまいました。」

と店の人が出てきた。内人は文句をつけようとしたが、

「お客さんもここに来たっていうことはバイトを探しに来たんでしょ。丁度いいバイトがありますよ。」

とどんどん相手のペースで進められるのでだんだん引き込まれてしまった。

「お客さん、1時間でどーん!と稼げるバイト、やってみたくはありまへんか?」

「そんなバイトがあるんだったらぜひ……。」

「そうでしょそうでしょ!じつはそんなバイトがさっき入ってきたんですよ。」

普通の人ならここでおかしいと思うはずだが、長時間待たされて少し気が変になっていた内人は、

「ぜひ、やらせてください!」

と言ってしまった。そして

「ではこちらへ。」

と店の人に案内されるがままに歩いていくと、そこには1人のガタイのいいお兄さんが立っていた。その人はマントを羽織り、紺のブーツをはいていた。そう、まさに異世界から来た人のような格好をしていたのだ。

「ちょうどいい人材が入ってきましたよ。ほな君、この人が君を雇ってくれる人だ。挨拶しなさい。」

「あ、はい。こ、こんにちは、こ、これからよ、よろしくお願いします。」

「こちらこそ、よろしくな。じゃあさっそくバイト場所に行くぞ。あ、店の方ありがとうございました。」

「はい。じゃ君、頑張るんだよ。」

「は、はい。」

こうして、内人は男とともにバイト先へ歩き出した。そして3つ目の曲がり角を曲がった所で内人は

「君、何歳だい。」

と男に聞かれ、

「えーっと、17歳です。」

と答えた。すると男は何かを考え始めたように、しきりにぶつぶつ何かをつぶやきはじめた。その時、内人はまだ何の仕事をするか聞いていなかったのを思い出した。そして男に、

「あの、すいません、俺って何をすればいいんですか?」

と尋ねた。しかし男には聞こえていないらしく、答えはなかった。そしてしばらく無言の時が流れた。

次に口を開いたのは男の方だった。

「さあ、着いたぞ。」

内人は辺りを見渡した。が、そこには住宅地が広がっているばかり。特徴といえば、やけに静かなことぐらいだった。

「さあ、来い。」

「え?来い。ってどこに?」

内人は混乱した。男が立っているのは下水道の蓋の真上なのだ。

「決まっているじゃないか、ここだよ。」

そういいながら男が指さした先は、やはり下水道の蓋だった。

「じゃ、行くぞ。」

男がそういった刹那、周囲から風が吹いてきた。

「えっ、ちょっ、なっ?」

どんどん風が強くなってくる。内人は思わず男にしがみついた。

風の音しか聞こえない。また風が強くなり……そして、内人は気を失った。とんでもないことに足を突っ込んでしまった自分の愚かさを憎みながら。

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