閑話*日本では
旦那サイド。苦手な人は読み飛ばしを。
カラッ。
軽い音を立ててトイレットペーパーの芯だけが回る。
「はっ、またか?めんどくせぇな。トイレの紙の交換……」
持ち上げてはめ込むだけと言えばそれまでだが、紙の最初のくっついているところが上手く外れないんだよな。
斜めになって、イライラする。
トイレットペーパーも、もうちょっと進化してもいいんじゃないのか?べったり全体に張り付けるんじゃなくて、両ふちと真ん中だけを部分止めしてめくりやすいとか。
しかし、あいつがいたころは一度も俺がトイレに入っている時に紙が切れたことがなかった。
ただの一度もだ。
そういえば……。実家ではトイレットペーパーの交換がとてもめんどくさい古いタイプのホルダーだった。
父は母に「残りが少なくなっているのに気が付いたら交換しておけ!それがマナーだろう!」と言っていた。それをあいつに一度行ったことがあったな。
そうか。残りが少なくなった段階で交換していたのか。まったく気が付かなかった。
残っているトイレットペーパーはどうしていたんだ?まさかそのまま捨ててないだろうな?もったいない。
トイレにある小さな棚を開ける。
「ない!」
トイレットペーパーがない。
何故だ!
あいつが出て行ったからか。
トイレットペーパーの補充は専業主婦の簡単な仕事のうちの一つだからな。俺が買うわけないんだ。
あーっ!
どうする?買いに行くか?
この俺が?
トイレットペーパーを手に歩くのか?
みっともない。
恥ずかしい。
……そういえば、家でトイレの大をしたことがないというやつがいたな。
通勤途中や会社ですると言っていた。
トイレットペーパーや水道代の節約になると豪語していて、ケチな奴だと思っていたが……。
さらには「会社ですれば、その時間も時給は発生してるんだぜ。家で5分トイレに入るよりも会社で5分トイレに入った方が得だろ」と笑っていた。
そういう少しでも会社から何かを搾取しようとする人間は会社の害にしかならないとは思ったが、部長をはじめとする上の連中は喫煙室へと席を外すことがある。
5分どころか10分、15分と。それが日に何度か。そういう世代なのだろう。
だからトイレの5分くらいのことで小言を言うことはせずにいた。
俺が会社で大をすます、そんなせこい人間と同じにはなりたくないが、きっちりと磨いた靴を履き、アイロンがびしっとかかったYシャツを着て、ブランドスーツを身に着けて、何が悲しくてトイレットペーパーをぶら下げて帰らなくちゃならないんだ。
……いや、今は靴は磨けていないこともあるし、シャツも形状記憶シャツに買い替えアイロン不要の物にしたわけだが。
……。
会社でトイレに入るようにするか。
だが、そんなときに限って、急な便意に襲われる。
トイレットペーパーを買いに行くことなどできるはずもないし、近所のコンビニへと駆け込む余裕もない。
家のトイレに、ボックスティッシュを片手に飛び込んだ。
「なんだ、初めからこうすればよかった」
トイレットペーパーは無理だが、ティッシュなら許容範囲だ。
1箱で売っているのも見たことがあるからな。セレブなんとかと書いてあるものもあったはずだ。
セレブなんとかを買って、カバンの中に入れて持ち帰れば恥ずかしくはないな。
ところがだ、ところが。
「あー、ティッシュを流したでしょう?トイレの紙以外を流しちゃ詰まりますからね」
トイレがつまり業者を呼んだ。
「ちょっとトイレットペーパーを切らしてしまったので」
はははと頭をかいて見せた。
「今度から、もしティッシュを使うことがあっても、トイレに流さずにゴミとして出してください。ティッシュでも水に流せますと書いてあるものを使うかしてください」
業者がしつこいくらいに云う。
なんだよ、うるせぇな。
生意気だ。
ちょっと1回詰まらせただけじゃないか。
トイレが詰まることなんてよくあることじゃないのか?そもそも、詰まらせる人間がいるからお前ら食ってられるんだろう?
腹が立つ。
「集合住宅の場合だと、共用部配管が詰まって、他の部屋に蓄積した汚水や汚物が逆流してしまうこともあるんですよ。自分の部屋が汚れるのは自業自得ですみますが、別の人に被害を与えると何百万も請求されることもありますからね」
何百万?
たかがトイレにティッシュを流しただけで?
冗談だろう?
「実際、うちで扱ったところで、猫砂をトイレに流したことが原因で問題になったことがありましてね。はい、終わりました。ちゃんと流れますね」
業者が最後にザーッと水を流して確認作業をする。
万札一枚で支払う。
「最近はトイレは何でも流せると勘違いした非常識な人も増えてきてねぇ……。はい。お釣りと領収書になります。ありがとうございました」
非常識?
俺が?
トイレットペーパーの代わりにティッシュを使うのが非常識?
なぜ、そこまで言われなくちゃいけない?
くそっ。
あいつが出て行ってから、俺の生活は散々だ。
そもそもトイレットペーパーを買いだめしてなかったあいつが悪い。
そうだ。オイルショックになったらどうするつもりだ。
トイレットペーパーがいきなり手に入らないこともあるんだぞ。
なぜ、買いだめしてない。
ちくしょう!
いつもありがとうございます。
念のため、申しておくと「こんな人いるわけない」と感じる方もいるかもしれません。
コメディとしてお楽しみいただければと思います。
あれ?コメディなんだ……。
色々教えてくれる人の話も、ただの世間話も、旦那の耳には歪んで届くようです。




