閑話*日本では~奈々視点5
「あら?もしかして分からない?お客さん?部屋の番号を押すのよ?」
女性が、所在なく立ち尽くしている奈々に声をかけた。
「あ、いえ、その、留守みたいで……出なくて」
「あら、そう?どの部屋?」
優莉の住んでいる部屋の番号を伝えると、女性がまぁと小さく声を上げた。
「お隣さんに用事なの?あ、もしかして優莉ちゃんを訪ねてきたとか?」
奈々は優莉の名前を聞いて途端に嬉しくなった。
お隣さんに偶然会えるなんて運がいい。それに、優莉ちゃんだって。親し気な呼び名に、優莉のことを思ってくれる人がいるんだと奈々はほっと胸をなでおろした。お隣さんが優莉を気にかけてくれる人なら少しは安心できる。
「はい、そうなんです。えっと、学生の時からの友達で」
「そうなの。でも優莉ちゃんなら、里帰り出産だとかで、しばらく前からマンションに帰ってないわよ?」
「は?」
里帰り出産?
奈々は今得た情報を整理するのに、必至に脳を働かせる。
「それは、誰が言っていたんですか?」
誰の事。
優莉の話というのは本当なの?
だって、優莉にはもう家族はいない。帰れる里なんて無いのだから。
それに、旦那が子供はいらないと、子供が欲しいけれど……旦那が否定的だからって……。
「ご主人よ。もしかして妊娠して里帰りしてるの?って尋ねたらそうだっていうから。皆で安産のお守りを上げたの」
ふふふと嬉しそうに上司が笑う。
優莉の妊娠を喜んでくれる人が、お守りをくれる人がいることは嬉しいことだけど。
でも、違う。
おかしい。
優莉が里帰り出産するなんて100%ありえない。
「信じられない……」
里がないのに、どこへ里帰りするというの?
「あら、聞いてなかったの?ああ、そうね、優莉ちゃんは若い子にしては珍しくスマホを持ってなかったものね」
奈々の呟きに女性が頬に手を当てた。
「あの、優莉が帰ってきたら、いえ、優莉から何か連絡があれば、私に教えていただけないですか!」
鞄から手帳を取り出す。
いつも気が付いたことをすぐにメモできるようにと、手帳とボールペンは持ち歩いている。
手帳に、電話番号と名前とメールアドレスも書き込み、紙を破いて女性に手渡す。
「ええ、もちろん。奈々さんね。優莉が戻ってきたら連絡するように伝えるわ。あ、でもそうね、赤ちゃんの世話で手一杯そうなら私から連絡するわね。山本と言います。あのご主人さんじゃぁねぇ……連絡してほしいと伝えてもあてにならないものねぇ」
女性がふと思い出したかのように小さくため息をつく。
あのご主人じゃぁという言葉に、奈々がハッとする。
ども。サスペンスは続くよ。
まぁ、奈々サイドではサスペンスになってるけど、行方不明になってるユーリ本人は、もふもふ堪能して幸せですよ。
うん。奈々ちゃんには幸せだよーって伝えてあげないとね。




