番外編=ツギクル版その2ですわ=194まで
■193
カルダモンだよね!
胡椒ほどの辛みはないけれど、鼻にスーッと抜けるさわやかな香りと、肉の臭みを消して風味を良くしてくれるスパイスの女王。
久しぶりの香辛料。おいしいです。
おいしそうに食べる私の顔を、リリアンヌ様が嬉しそうに見ている。
「あ、これちょこっと初級MPポーションに似た味なのよ」
そうよ。キリカちゃん。コーラにはカルダモンも使われてるからね!
「これ、初級MPポーションを使ってお肉を焼いたの?」
キリカちゃんが首を傾げる。
「はははは。面白いことを言うね、ポーションを料理にに使うなんて」
「面白いことじゃないのよ。だって、ユーリお姉ちゃんは――」
ガシャンッ。
キリカちゃんが秘密をうっかり口にしようとしたので、カーツ君が慌ててスプーンを器にぶつけた。
「す、すいませんっ」
カーツ君が慌てて頭を下げる。
リリアンヌ様がいるから、牢の中のように一緒にご飯を食べようという言葉に簡単にのってしまったけれど……。
よくよく考えると、私たちはど庶民だ。食事のマナーも知らないような人間。お貴族様と食事って、めちゃめちゃ恐れ多いことなんじゃ……。
食器を鳴らしての食事はマナー違反だよね……えーっと。
「良い良い、堅苦しい食事の席じゃないからな。食べやすいように食べればよい」
リリアンヌ様のご主人は笑って許してくれている。
「あなた、一つお願いがあるんですの」
リリアンヌ様が旦那様の顔を見てにっこりとほほ笑んだ。
「だめだ」
「あら、まだ何も言っていませんわよ?」
「この子たちを養子にしたいという話なら駄目だ」
え?養子?
「なぜですの!この子たちは、私を助けてくださいましたわ!」
「確かにそれには感謝しているが、そう何度も言わせるな。そう簡単に養子をホイホイと迎えるわけにはいかないのは分かっているだろう?何かずば抜けた能力を持った人間でないと、周りも納得しない」
うん。そんなようなことローファスさんやサーガさんも言っていましたね。
「ユーリちゃんは、ずば抜けた武器を持っていますわ!」
リリアンヌ様がどや顔をした。……いや、それ、私の能力じゃなくて、武器の能力がすごいんですけど……。
「キリカちゃんは、ずば抜けてかわいいですわ!」
認めるけど、かわいいのは正義だけど、でも養子にする基準としては弱いよね。
「カーツ君は、ずば抜けていい子ですわ!」
それも認めるけど、もう、なんていうか、親バカの主張みたいになってますよ。
案の定、旦那様は困った顔をする。
「リリアンヌ……」
旦那様が、リリアンヌ様の背中に大きな手をまわして二度ほど上下にさすった。
「分かっていますわ……シャルム」
どうやらリリアンヌ様の夫はシャルム様というらしい。リリアンヌ様はしょんぼりしてあきらめたようだ。
「養子は無理だが、どうだろう、屋敷で働きたいというのであれば仕事をしてみるかい?」
シャルム様が、私たちの顔を見た。
貴族のお屋敷で仕事を?
それは、この世界ではどういう感じなのだろう。一流企業勤務みたいな感じなのだろうか?
だとしたら……。社会人生活未経験の私に務まるだろうか?3歳児並みの体力しかない私に務まる?文字も読めないし、この世界の知識どころか一般常識すら欠けているのに。
「あのね、キリカ、冒険者になるのよ。今はまだ冒険者見習いだけど、頑張るのよ」
「俺も、せっかくですが、S級冒険者になるという夢があるんで」
キリカちゃんとカーツ君はすぐにはっきりと自分の意思を示すことができるのに。
私は……まだ、はっきりした夢がない。何かあるたびに、これになろうかあれになろうか……と、ふらふらと考えが変わっている。
なんにでもなれる自由があると思ったけれど、自由すぎるのも結構大変なことなのかもしれない。
自分の責任で、自分が全部決める。誰に何をしたらいいのかとアドバイスを求めることもせず、誰かにそれはやめておけと止められることもなく……。
この世界のことを良く分かっていない私が、自分の未来を決めるのは……思った以上に大変だ。
何がしたいのか、何になりたいのか決められないまま、ずるずると今の生活を続けてしまいそうだ。
ああ、それじゃぁ、日本にいた時と何も変わらない。何も……。
自立しなくちゃって言いながら。冒険者になるんだと思っても、カーツ君のようにS級冒険者を目指すわけでもない。自立するためならば、お屋敷で雇ってもらって仕事を覚えたほうが早いんじゃないだろうか。
「冒険者……そう、あなたたちも冒険者にあこがれているのね……」
あなたたち?
リリアンヌ様が寂しそうな表情を見せる。
■194
「お嬢ちゃんもかね?冒険者は危険な仕事だ」
シャルム様の言葉に、リリアンヌ様の表情がさらに沈んだものになる。
「だが、誇りのある仕事だ。君たちの耳に届いているか分からないが、リリアンヌと会った街の近くでスタンピードが起きてな。街への被害を防いだのは、冒険者たちだ。王都から軍が派遣されるまでの3日間、彼らは街を守り切ってくれた」
誇りのある仕事。
ああ、そうか。そうなんだ……。
たとえどんな仕事を選んだとしても、その仕事に誇りが持てるかどうか……私にはそれが抜けてる。例え一流企業である貴族の屋敷で働けることになったとして、その仕事に私は誇りを持てる?
私、この世界に来てまだ1か月も経っていないんだもの。自分探しをしてもいいよね。そう、レベルが10になるまで……それまでは、もう少しふらふらと気持ちが揺れ動いても……。焦らないようにしよう。
「知ってるよ!すんごく大きなクラーケンとか、バジリスクが出たんだぜ!」
「そうなのよ、コカトリスの毒で大変だったのよ」
シャルム様がふむと頷く。
「知っていたか。じゃぁ、S級冒険者のローファスがクラーケンとバジリスクをやっつけたのは知っているか?」
楽しそうな顔でシャルム様は話を続ける。
「もちろん知ってるさ!ローファスさんはすげーんだよ!」
カーツ君が興奮気味に口を開いた。
うん、そうですよね。すごいです。すごいはずです。どうにも食事風景しか思い浮かばず、すごいシーンが思い浮かばないですけど、すごいはずなんです……。
「無事に戻って来たって?!」
バタンと突然長いテーブルの反対側の端っこの向こうにある扉が激しい音を立てて開かれた。
そうそう、ローファスさん、美味しいものの匂いを嗅ぎつけると、こんな勢いで……。
って、あれ?
「ローファス!」
リリアンヌ様が、扉から入ってきた人物を見て立ち上がった。
本当に、ローファスさんだ!
そうか、大切なリリアンヌ様が帰って来たって聞いて来たのね!
ダダダッと、勢いよくかけてきて、両手を広げた。
ちょ、ローファスさん、いくら何でもリリアンヌ様のご主人であるシャルム様がいる場で、抱き合うとかダメですよ!
と、思ったら……。
ぎゃーっ!どういうことなの!
「よかった、ユーリ!無事だったか!」
やめてー!なんで、高い高いあーんどぐるぐるなのっ!
あううう、リリアンヌ様とシャルム様ポカーンと見てる。
っていうか、目が、目が回るよっ!
ご覧いただきありがとうございます。
あ、注意書きはこの前の話の前書きにあるよ。
そうそう6月10日カフェエリ発売よろしくね。
日本の喫茶店と異世界のダンジョンがつながってしまう話です。ローファスさんもダンジョンの奥で喫茶ふるるへ行ったという話を書きたくてうずうずしている。
世界がつながる……ぐふ。
「ユーリに似た……黒い髪に黒い目の子供がいたんだ……」
「え?私に似た?」
「喫茶店と言っていた」
……日本に帰れるかも!とかそういうやつね。
残念だけれど、異世界とつながっている間はドアをくぐっても異世界だから帰れないんだけれど。
ちなみに、カフェエリは舞台はほぼ喫茶店。あ、書籍では異世界ダンジョンに行くけれど。
日本に異世界から悪いやつがやってきて、異世界チートを持ったキャラたちが倒す系の話よ。
前世勇者やら元賢者やら現役異世界S級冒険者やら追放悪役令嬢やら転生聖女やら……がね、日本で大活躍よ。異世界ファンタジーで日本が舞台だけど、楽しめる話になっていると思います……おっと、宣伝が過ぎた。
活動報告にも書きましたが、お外執筆派の私、コロナで外出外食自粛中で全然小説が書けません。
過去ストック吐き出しと、息抜きの別作品のみの更新で申し訳ないです。
既存作品はコロナが落ち着いてお外執筆再開できてから……の更新になる予定です。先が見えない……(/_;)




