216 ああ、人徳
怖い。
なんで、こんなに怖いの?
「ユーリお姉ちゃん?あのね、ここね、ギルドだよ」
知ってる。知ってる。
だめだ、このギルドは……。今は、まだ、帰りたくない。日本に……。私……。ああ、怖いのは日本に帰ること……それが怖いんだ。
なぜ、日本に帰るのが怖いの?なぜ、日本に帰りたくないの?なぜ?
バクバクと心臓がうるさい。耳に脈の音が響いてる。
考えないと、ううん、考えたくない、ああ、どうしよう。
「ああああ、いらっしゃいませ、いらっしゃいませ、セバスティアン様!」
ギルドから慌てて美女が飛び出してきた。
初めて言葉を交わしたギルドの受付の人だ!
美女はぺこぺことセバスティアンさんに頭をさげている。
「今回はどのようなご用件で?もしかして、冒険者に再び戻っていただけるとか?」
緊張した笑みを顔に張り付け、美女が手をすり合わせている。
「本物か?本当にあの、伝説のセバスティアン様か?」
「え?S級冒険者で、まだまだレベルが上がっているのに急に引退してしまったという?」
「熊ドラゴン殺しのセバスティアン?」
あっという間に、冒険者たちがわらわらと見学しに出てきた。
「すごいのよ、セバスティアンちゃま、ゆーめーじんなのよ」
キリカちゃんが目を輝かせている。
うん、本当、有名人だ。
明らかに美女受付さんの、現役のS級冒険者のローファスさんへの態度と、元S級冒険者のセバスティアンさんへの態度が違う。S級冒険者の中でも順位みたいなものがあるんだろうか?それとも、単なる人徳の差?
……うん、人徳って大事ね……。
「そうですね。少し戻ってもいいような気になるものを見つけましたが、今は戻るつもりはありません。リリアンヌ様にお仕えすることで、いろいろと面白い発見がありますから」
セバスティアンさんが私を見た。
それにつられて受付の美女が私を見た。
「あら、あなた、大丈夫だった?そう、今はセバスティアンさんの元で世話になっているのね?それはよかったわ。ローファスさんがあなたを連れて言っちゃってから心配していたのよ……」
人徳、大事ね。
「いえ、私、ローファスさんのおかげで今幸せですし、セバスティアンさんの世話になっているわけでは……」
「うそ、マジで?ローファスさんでもちゃんと人の面倒が見られたんだ。あ、いや、子供たちのために小屋建てたりいろいろしてはいるのは知っていたけれど……」
うん、面倒は、見てもらってないけど。連れて行ってもらったら、そのあとはキリカちゃんカーツ君ブライス君に丸投げにされたけど……。(遠い目)
「ではなぜセバスティアン様が、彼女……えっと、ユーリさんと一緒に?」
「うむ、買い取ってほしいものがあるので。ものの値段もよく分からない彼女一人で買い取りをしてもらうのも不安だろうと思いまして」
ギラリとセバスティアンさんの目が光った。
うん、確かにものの値段分からないのは事実だけど……。
そ、それ、不正は許さんぞっていう脅しっていうより、高く買い取れよって脅しみたいに見えるのは気のせいなのかな。
あの、私、そんなつもりないです。
「腐らせちゃうくらいなら、売ったらどうかと言われたので、えっと、その、必要な方に手に取ってもらえればそれでいいので、なんせ賞味期限が4,5日しかなくて保存できないので、えっと、普通の値段でいいと言うか、市場価格に影響が出ないような値段でいいというか……」
だいたい燻製なんてこの世界にないみたいだから、値段なんてあるようなないようなだよね。生肉と干し肉の間くらいの感じの商品かな。
生肉よりは腐りにくく、干し肉よりは腐りやすい。
冒険者の携帯用干し肉はどれくらいの日数を想定するものか分からないから、役に立つのか立たないのか。それも分からない。
生肉と干し肉のどちらが高いかも知らない。
うん、あとは任せよう。一応、普通でいいという主張はした。
「ありがとうございます。セバスティアン様、いくらセバスティアン様の口利きでも、申し訳ありませんが特別扱いは致しかねますので、適正価格で査定させていただきます」
と、震えながら美女がセバスティアンさんに言う。
「もちろんですよ。特別扱いは必要ありません。適正価格で査定するという言質、それがいただければ十分です」
セバスティアンがにやりと笑い、猪肉の燻製。まぁ、言いにくいのでベーコンもどきとでも言いますか……を一切れ受付美女に渡した。
「え?肉ですか?干したりない干し肉?」
「食べてみれば分かります」
セバスティアンさんに促され、美女が真っ赤な色っぽい唇を開いて、ベーコンを食べた。
「はうっ」
身をよじる美女。
いつもありがとう。
ああ、ローファスさんに対する受付美女の評価ががががw




