208 おいしい干し肉
「ローファスさんが戻ってきたら困るのよ」
うっ。
勝手に空き部屋に肉つるしてたら怒るかな?
部屋が肉臭くなる!とか……。
もしくは、部屋が醤油くさくなる!とか……。
で、でも、ほら、緊急事態っていうか、その、肉を腐らせちゃうよりはいいんじゃないかって思うんだけどなぁ……。
「あ、確かに!ローファスさんが寝る部屋は使わないほうがいいかもしれないな」
それでごまかせる?
空き部屋のぞいてみたりしない?
「キリカもそれがいいと思うのよ。ローファスさん、寝ながらせっかく干したお肉食べちゃうと思うのよ!」
「だよなー。うめーうめーとか言って、部屋で干してる肉……特に角煮のやつなんて干しといたら、朝までに全部食べちゃうよな!」
ガクッ。
心配の方向が違いましたよ。
ダイーズ君が首を傾げた。
「干し肉って、そんなに美味しくないすよね?えっと、もしかして、その……」
ダイーズ君が憐れむような眼を向けてくる。いや、憐れむというよりは、同情するような目?
「干し肉よりもおいしいものを食べられないんでしょうか……その、ローファスさんという方は……」
おう、ローファスさんが心配されたよっ!
「あの、僕、冒険者でいっぱい稼げるようになったら、何か美味しいものを」
「ダイーズ兄ちゃん、逆、逆!」
カーツ君がダイーズ君の背中をバンバン叩いた。
「ローファスさんは、超一流の冒険者なんだよ!S級だよ!お金もいっぱい持ってるんだよ!」
S級冒険者なのに、冒険者になりたての子供に心配されるローファスさんっていったい……。
「そうなのよ。おいしいものいっぱい食べたことがあるはずのローファスさんですら、美味しすぎていっぱい食べちゃうのが、ユーリお姉ちゃんの作る角煮の干し肉なのよ!」
「美味しすぎる干し肉?」
ダイーズ君の想像が追いつかないのか視線が定まらない。
「ちょっと待ってな」
カーツ君が小屋から角煮干し肉を一切れ持ってきて、ダイーズ君に手渡す。ダイーズ君は何の躊躇もなく干し肉を口にした。
「す、すごいですっ!」
ぐりんと、ダイーズ君の顔がこっちに向く。
「村にはこんなおいしいものありませんでした!都会はすごい!」
都会?
え?この小屋が都会?
「あのね、街にもないのよー。ユーリお姉ちゃんしか作れないのよー」
「そうだぞ。うんと、王都でもたぶんこんなにおいしい干し肉はないはずだぞ。なぁ、ユーリ姉ちゃん」
ねって、カーツ君がこちらに話をふる。
いや、知らないよ。王都のことも街のことも、そもそも、この世界の一番素人は私。
……だって、異世界生活何日だっけ。とにかく、一番素人。
ああ、でも……。
「長年冒険者をしていた、元S級冒険者のセバスティアンさんがおいしい干し肉求めていろいろ食べたらしいから、王都にあるかどうかは聞けば分かる?」
「何言ってんだよ、ユーリ姉ちゃんの干し肉は、今まで食べたもののどれよりもおいしいって言ってたじゃん」
「そうなの!だからわざわざここまで取りに来るって言ってたのよ」
ああ、そうでした。はい。
「すごいですね。王都の干し肉よりもおいしいんですね」
すごさの基準が王都のものより?
「今から、この美味しい干し肉を作るんですね!」
ダイーズ君の目がキラキラしている。
「あの、僕にできることは材料になる肉を用意することくらいなんですが、あの……僕」
ダイーズの足元が森へ向いたのを、見逃さなかった私、偉い。
「ダイーズ君っ、肉、足りてるからっ!っていうか、今でさえ、干す場所足りてないのっ!これ以上あっても腐るだけだからっ!」
必死にダイーズ君を引き留める。
「あ、そうですね。そうでした……。村中総出で同じ作業をするわけじゃなくて、ここには僕たちしかいないんでしたね……」
村総出で作業か……。
「ダイーズ君は、村が大好きなんだね」
村から都会に出たくて冒険者になったわけじゃないんだね。
何かあれば村のことを思い出すし、村での生活を忘れない。
「はい。僕の住んでいた村は、いいひとたちばかりです。えっと、ちょっと子供が少なくて寂しかったりもしたんですけど、でも、あの、本当にいいところで」
「いいところなの?キリカ、行ってみたいなぁ」
「俺も!そのうち連れてってくれよ」
田舎の村か……。
優しい村人たち。貧しくもみんなで協力しながら生きていく生活……。そういうのも悪くないのかな?
いや、でも待てよ。
いつもありがとうございます。
ダイーズ君……村人です。最強村人系ね……ふふふ。




