189 その名は
「ユーリちゃん、いただくわ!いただいてもよろしいのね?」
「はい。もちろんです」
「ありがとう!」
むぎゅぎゅっ。
ぐはぁー。
リリアンヌさんのお胸が、お胸が。
「そうだわ、お茶があるときっとよりおいしくいただけるわよね?ちょっと待ってください」
リリアンヌ様が御者に声をかける。
「セバスティン、お茶をいただきたいわ」
セ、セバスきたー!
セバスチャンならぬ、セバスティン……。イメージ通りの名前に、心の中で小躍り。
「ここで、ですか?」
「無理かしら?」
「問題はありませんが、ティーセットは先行している荷馬車にありますので……準備に少々お時間をいただくことになりますが」
うわ。馬車を止めてティータイム?
いやいや、さすがに、なんか貴族っぽい。っていうか、本当に貴族なのかも?いや、でも、まさかね?お供とか少ないし。
豪商の娘さんかしら?
「構わないわ。お願いね」
「では、行ってまいります」
馬車ががくんと揺れる。
「あー、セバスティンったら。また馬車を踏み台にしてスタートダッシュしたわね。降りてからじゃないと、揺れるのよっ」
カーツ君が小窓から外を覗き込む。
「すげー!めっちゃ早い!リリアンヌ様、あの人どういう人なの?」
「ふふ。元S級冒険者で、今は我が家で護衛なんかをしてくれているわ」
「元S級冒険者、すげー!」
カーツ君の目がキラキラ光っています。
そうだよね。カーツ君はローファスさんのことも尊敬してるけど、すごい冒険者にあこがれがあるんだもんね。
しばらくして、セバスティアンがお茶セットを持って戻ってきた。
「リリアンヌ様、専攻している馬車に情報が入ったようです」
「あら?何かしら?」
お茶の用意をてきぱきとしつつセバスティアンがリリアンヌ様に何やら小声で話をしている。
「まぁ、そうなの?すでに、あの子はいないのね?」
あの子?
あの子って誰だろ?
30代に見えるリリアンヌ様があの子って呼ぶってことは……子供?
「せっかく急に顔を出して驚く顔が見たかったのに……」
あ、まさか、ブライス君の関係者だろうか?
ブライス君は本もたくさん読んで魔法の勉強もしていたようだし、動きや話し方は上品だし……。
実は貴族の関係者だって言われても納得だよ。
って、ブライス君は28歳か。あの子と言われる年齢でもないね。関係者なら年齢知っているだろうし。
ってことは、小屋を通り過ぎたもっと先の、私たちが知らないどこかに向かっているってことだよね。あ、でも、そこに行っても目的の子がいないって今言われたんだよね?
「仕方がありませんわ……今回は、物資だけ届けてもらいましょう。セバスティアン、私たちは帰りましょう」
え?
帰る?
「ああ、大丈夫ですわよ。ちゃんとあなたたちはちゃんと送りますからね」
「ありがとうなの!あのね、お礼にね、キリカね、これあげるのよ!」
キリカちゃんが自分の分のクッキーを1枚差し出す。
「まぁ!なんていい子なの!」
むぎゅっと、リリアンヌ様がキリカちゃんを抱っこ。
「お、俺も。あと、干し肉しかないけど……」
と、カーツ君が干し肉……あれは、角煮を干したバージョンを取り出してリリアンヌ様に差し出した。
リリアンヌ様のように高貴そうな人が、干し肉を差し出されてもどうしたらいいのか分からないと思うんだけど……。流石大人の女性というか、断ることもなく素直に受け取った。
「ありがとう。ふふふ。私ばかりいただいては申し訳ないわね。セバスティアン、干し肉お好きでしたわね?どうぞ召し上がれ」
セバスティアンもできたもので、リリアンヌ様のフリを見事に受けとめた。
「ありがとうございます。冒険者時代に干し肉にはお世話になったので、今でも時々食べたくなるんですよ」
うん。ごめんなさい……。
「すげーうまいから、驚くよ!」
カーツ君がニコニコ嬉しそうに、二人の本当は干し肉食べたくないんだけどなオーラなど気が付かずに笑っている。
あとでいただくとは言えず、セバスティアンが干し肉を口に入れた。
「!」
目が開かれる。
ご覧いただきありがとうございます。
諸事情により1か月本編お休みしておりました。本日よりなろう版も本編再開です。
ただし、書籍版やツギクル版とはまるっきり別ストーリーで進みます。
さらには、ツギクル版ストーリーが追い付くように時々更新ペースが落ちるかもです。
リリアンヌ様はさくっと帰るので、リリアンヌ様お屋敷編はありません。
男の政治に口に出すな陛下ざまぁ編もありません。
呪いのペンダントで鉄壁守備力編もありません。
いや、そんな〇〇編なんて元々別れてないけど……。
興味のある人はツギクル版でお楽しみください。
ついでに、カクヨム版の番外編は「あの女」まだ1話しかなくて申し訳ないです。
でもって、書籍版は2巻はなろう番にそったお話プラスアルファ。
もし出れば、3巻からの書籍版につながる話です。