176 兵たちの間に流れる噂
そう、付き合っているときは「そんなことも知らないのか。だからお前は俺が付いていないと駄目なんだ」と言っていた。
俺がいないと駄目なんだって、それは愛をささやかれているようで嬉しかった。
結婚してから、少しずつ言葉のニュアンスが変わっていったように思う。いつからだろうか。あきれる口調、バカにした口調、そして蔑み、苛立ち……。
知らないことを知らないとは、いつしか言えなくなった。
この世界では、私は知らないことばかり。だから教えてもらわなければ生きていけない。
いろいろ教えてもらうのが怖くないのは……。
そんなことも知らないのかって言う人がいても、バカにして下に見て言っているわけじゃないってわかるから。
「キリカも知らないことたくさんあるもん」
「そう、俺も。知らないことは教えてもらいたいし、逆に俺が誰かに教えられることがあれば教えるのは当たり前のことだし」
ああ!もう!
ぎゅーってしたい!
二人を思いっきり抱きしめたい!
でも、サンドイッチがつぶれるので我慢我慢。
冒険者見習いの小屋か……。
ダンジョンルールを学ぶ場所。
年長者が下の人間に教える。……学校とは違う、学びの場。教えあうのが当たり前で。知らないことを誰もバカにしない。
「あー、ローファスさんに感謝!」
そんな場所を作っているローファスさんに感謝。
そこに連れて行ってくれたローファスさんに感謝。
それから、年長者としてカーツくんやキリカちゃんをいい子に育ててくれてたブライス君にも感謝!
「ああ、本当に。ローファスさんには感謝しかない。こうして俺たちが生きていられるのは、彼のおかげですから」
ほ?
振り向けば、馬車で送ってくれた兵が荷車を引いて来た。
「ああそうだなぁ。アレはさすがに、もうだめかと……。さすがS級冒険者だよ。ダンジョンのドロップ品が、俺たちの命を救ってくれたんだよな」
荷馬車の後ろにもう一人兵がいました。
「違うのよー、あのね、毒のお薬になったのはね」
「キリカ!ほら、これもうめーぞ、食え!」
カーツ君が慌ててキリカちゃんの口にニンジンスティックを突っ込んだ。
兵がにこっと笑って、キリカちゃんの頭をなでた。
「ああ、分かってる。聞いてるよ」
え?
聞いてる?
バジルのこと?クラーケン?そえとも、ハズレMPポーションのオリーブオイル?……ってことはないよね?
「S級冒険者のローファスさんが持ってたドロップ品、それがなければ上級解毒薬に匹敵する薬は作れなかった。だけど、その薬を食べやすく加工してくれたのは、君たち小さな冒険者だろ?」
ああ、聞いてるって、そのこと?
「ありがとう。君たちが作ってくれた薬はおいしかったよ。また毒に侵されたら頼むよ」
ニコニコともう一人の兵も笑っている。
「小さな……冒険者……」
カーツ君がかけられた言葉を嬉しそうに反芻している。
「あのね、キリカね、運びやすい器も紙で作ったのよ!」
「ああ、そういえば隊長が持っていた紙で作られた器、あれは確かに葉っぱの皿よりも便利そうだったな」
「ユーリお姉ちゃんに教えてもらったの!ユーリお姉ちゃんはすごいのよ!」
キリカちゃんがほっぺにジャガイモサラダをくっつけたままドヤ顔をしました。
うわーん、かわいい!
「ユーリさん、あなたの活躍も聞いています。モンスターに襲われながら、薬を作ってくれたと。ありがとうございます」
兵の二人が頭を下げた。
「あ、いえ、そんな。私は……」
小屋にいたモンスターから逃げた。
皆が生死をさまよっているのに、逃げた。皆のためにモンスターをやっつけることができなかった……。
奥歯をかみしめる。
このままじゃダメなのかもしれない。冒険者になるとかならないとかという話とは別で……。今すぐは無理かもしれないけど、何か考えないと。
「それから、隊長の大切な人だから手を出すなと聞きました」
は?
「な、なんですか、それ……」
兵の一人が口を開くともう一人が驚きの声を上げる。
「いや、違うだろ?S級冒険者ローファスさんの大切な人だから手を出すなって俺は聞いたぞ?」
へ?
だから、それ、なんですか!
いつもありがとうございます。
にゅーん。町に行ったら何が起きるかなぐふっ




