173 ベスト
ハンノマさんの店を後にして、もう一度料理道具の店を回る。
「ごめんね、一緒に探せばよかったんだけど、泡だて器探しに必死で忘れてた……」
シフォンケーキの型も欲しかったんだ。すっかり忘れていた。
……売ってなかったら、ひとまずは鍋でもなんとかなるかな。
それから、茶わん蒸しに使う陶器の器。
結果として、両方ともなかった。
ケーキの型にしても陶器の器にしても、どちらも贅沢品。王都に行けばあるかもと言われた。
……なるほど。
っていうか、そもそも卵なしだからケーキとか存在してるのかな?うーん。
「じゃぁ、次は洋服見に行ってもいいかな?着替えが欲しくて」
洋服屋は街に2店しかありませんでした。
「……えーっと、高いね」
1店は完全オーダーメイドの店。
もう1店はセミオーダーメイド。
「服はみんなどうしてるの?」
「孤児院だと、寄付やおさがりだな。キリカは今の服、近所の人にもらったんだっけ?」
「もらったんじゃないのよ。キリカのそれまで着てた服と交換したの。えっと、お姉ちゃんの着てた服をもらって、キリカの服は妹に渡すんだって」
ああ、なるほど。
日本でもおさがりは普通にある。
今でこそ簡単に洋服は手に入るけれど、少し前までは1枚の洋服を大切に来ていた。
兄弟におさがり、親せきに近所の人に、穴が開いても当てぬのして、最後は雑巾というのも普通だったんだよね。
そうか。特別な時にしか洋服は買わないんだ。
「でも、このベストだけはママが作ってくれたの。だから、交換しなかったのよ」
キリカちゃんが視線をベストに落とす。
父親しかいないって言ってたから、ママが作ってくれたっていうのは、形見?
「でも、そろそろ小さくなるだろう?」
「ま、まだ着られるもんっ!」
カーツ君の言葉にキリカちゃんの目に涙がたまる。
そうか。キリカちゃんも小さくなってきたっていう自覚はあるんだ。
「体に合わないサイズの服を着るのはダンジョンルールに反してるぞ」
「わ、分かってるもん。動きが鈍くなって危険だって……だ、だけど、まだ、本当に、着られるんだもんっ……」
キリカちゃんの声はだんだん小さくなる。
「なぁ、ユーリ姉ちゃん、服買うなら古着屋もあるぞ。あと、布を買って作るか……。あ、あと、防御力の高い服は、防具屋に並んでる」
そうか、古着かぁ。でも、下着類は古着はちょっと避けたい。
布を買って手作り……。ミシンはないけど、時間はあるんだからゆっくり作ればいいか。
それに……。
涙目のキリカちゃんを見る。
形見……。大切だよね。ずっと着てたいよね。
でも、キリカちゃんはまだ子供で、これからもどんどん体は成長していく。
「布を見に行きましょう」
キリカちゃんのベストにそっと触れる。
「キリカ……キリカ、やだ……ずっと、ずっと、これ着るの……」
「キリカちゃん、ダメよ。カーツ君の言う通り。体に合わない服を着ていると、成長を阻害しちゃうし……それに、無理しすぎて服が破れちゃったら困るでしょう?」
キリカちゃんの目線に合わせてしゃがみこむ。
じっと顔を覗き込んでゆっくりと話す。
「でも……」
「だから、布を足しましょう。肩と背中と脇にね、布を継ぎ足してからのサイズに合うようにしましょう。そのための布を見に行きましょうね?」
「え?」
キリカちゃんの目がぱっと輝く。
「ママのベスト、まだ着られるの?」
「大丈夫よ。袖のある服だとちょっと厳しかったけれど、ベストならば大丈夫よ」
ばっと、キリカちゃんが両手を広げて抱き着いてきた。
「わぁーーーん、キリカ、嬉しいよぉ。ママのベスト、キリカ、ずっとずっと着ていたかったの……ユーリお姉ちゃんありがとう」
キリカちゃんの背中に手をまわしてぎゅっと抱きしめる。
小さな小さなキリカちゃん。
いつもありがとうございます。
キリカちゃぁーーーん、幸せになるんだよぉぉぉぉっ!