94 涙と世界ドラゴン図鑑
「ああ、子供が文字を覚えるための簡単な本とかが欲しいのですか?」
あるんだ!
「そうです、売ってますか?」
「それなら、差し上げますよ」
サーガさんの突然の申し出に驚く。
「え?」
「兄弟が多いという話はしましたよね?子供一人に1冊ずつ同じ本を買い与えるんですよ。うちの父親。それで、同じ本が何冊も何冊も」
そ、そうなんだ。お古で下の子に使いまわすとかしないんだ。貴族ってそういうもの?それとも本がそれほど気軽に入手できるものなのかな?
「ありがとうございます!サーガさん!」
サーガさんいい人だぁ。
「ま、待て!そういうことなら、俺が使っていた本を持ってくるからな!」
ローファスさんが途中で横やりを入れる。
「ん?兄さん、まさか、本を取りに家に来るってことですか?」
「あ、いや、えっと、サーガ、取ってきてくれないか?」
ローファスさんが大慌てでサーガさんに頼んでいる。
そんなに家に帰りたくないの?なんで?
仲が悪いのかな?
冒険者になるなら勘当だ!みたいなこと言われた?
それとも、結婚させるためにお見合い作戦が待っているとか?
「はー。兄さん、いい加減母さんや父さんに顔を見せに来てくださいよ」
「いや、苦手なんだ。その、母さん泣くだろう?冒険者なんて心配だって」
何?
「ローファスさん、まさか……そんな理由で家に顔を出さないんですか?」
信じられない。
子供を心配するのは当たり前じゃないか。
いや、心配してくれる親がいるなんてとても幸せなことじゃないか!
キリカちゃんの父親のように、子供に毒でしかない親だっているのに。
「心配してくれる親がいるのに……まだ、会えるのに……」
やばい。
人にはそれぞれ事情もあって、もしかすると表に出してる言葉以外に会いたくない事情があるかもしれないのに、でも……。
「泣かれるのが苦手だから会わないなんて、突然会いたくても会えなくなることがあるってわかってますか?」
主人は家庭料理が食べたかったのかもしれない。
私は、家庭料理……を母に教えてもらっていないから……。大学受験を終えて合格発表を待つ時期に……。
受験が終わったら、一人暮らしするために料理を教えてあげると言っていた母。
「うわー、どうしたユーリ」
ぽろんぽろんと涙が落ちる。
「会いたいよ。母に会いたい……。料理を教えてほしいの。卵焼きに何を入れていたのかって。ママはみそ汁のだしには何を使っていたかも、何も教えてもらってないの……」
いろいろなレシピを試したけれど、どれも違った。何かが違うの。
「ああ、そうか。ユーリは両親ともう会えないのか……」
ああ。
失敗した。
三十路にもなって、親を恋しがって号泣とか。
でも、だって、やっぱり、親孝行はできるときにしないとだめだよ。
「心配だって泣かれるのが嫌なら、心配しなくていいって、会って何度も何度も言えばいいじゃないですかっ!こんな大きなクラーケンだって、ほんの数分で倒せるくらい強いんだぞって。ブライス君のように魔法が得意な子と一緒に冒険するんだぞって。キリカちゃんやカーツ君みたいにいい子のために小屋を建ててあげたんだぞって。いっぱいいっぱい、話をして、安心してもらえばいいじゃないですかっ!」
ローファスさんに言葉を乱暴に投げつけ、小屋を飛び出した。
やばい、何してるんだろう、私!小屋を飛び出すのはやりすぎだよっ。でも、体が勝手に動いちゃったんだもんっ。
「ごめんっ!ユーリ、怒らないでくれ。俺が悪かった。
ぐおっ。小屋を飛び出したと思ったのは私だけでした。小屋のドアの直前で腕をつかまれて止められた。
身体能力の差、むごくないですか?
「泣かれたらどうしていいのか分からなかったけど、ユーリに言われてわかったよ。何をしているのか分からないから余計に心配なんだよな。だったら、何をしているのか話せばいいんだよな?どういう生活してるか、どこで何をしているのか、確かに全然話したことはなかった。俺……」
ローファスさんの顔を見る。
「取ってくるからな!ユーリのために本を取りに行って、両親に顔見せてくる。それから、ブライス連れて行って、安心させてくる!」
「は?僕を連れてく?い、いやですよっ!」
サーガさんがブライス君の肩を叩いた。
「一緒に行って本を選んだほうがいいと思いますよ?兄に任せると、頓珍漢な本を選んで持ってくるかもしれませんから……世界ドラゴン図鑑とか」
ブライスくんがあーっと、頭を押さえる。
「文字を覚えるのにイラストだけの本を持ってこられても確かに意味がないですね。しかもドラゴンしか載っていないとなると……わかりました」
世界ドラゴン図鑑?
ドラゴンって、そんなに種類あるの?
しかもイラストだけの本とかもあるの?印刷?書き写しだとイラストは大変だよね?
「それに、ブライス君くらい魔法が得意なら、あれも使えるんじゃないのかい?持ち出しできない本も閲覧や複写はできるものも多いよ?」
「それは楽しみですね。公爵家ともなればずいぶん立派な蔵書をお持ちでしょうし。いいんですが?逆に、僕が見ても?」
「もちろん、見られて困るようなものは別の場所にありますから。書斎に並んでいる本であれば問題ありませんよ」
なんだかサーガさんとブライス君が本の話で盛り上がりだした。
お読みくださり感謝です。
少しずつユーリの過去が出てきたりもしておりますが……。
にゃーん。頑張り屋さんだったのね。うるり。
世界ドラゴン図鑑、昆虫図鑑みたいなのかしらね?
っていうか、もう6月ですか……おおう




