少女と、魔物退治 2
それは一瞬の出来事だった。
気づいたら、あの魔物は起き上がっていた。起き上がって、自らの茎や葉をうねうねと動かしていた。そして、とびかかっていった皆を、その身体で薙ぎ払った。
エルフの人たちの放った土の魔法も。
獣人の皆が振り下ろした武器も。
グリフォンや、シーフォも。
全てを、その巨大な魔物は薙ぎ払った。
先ほどまでうつ伏せになっていたはずの口が、ひそかに開いている。その口から大きな舌が見える。口の部分と同様に、青いそれ。
《まだ私にとびかかろうとするか。餌の分際で》
それは、直接的に耳に響いてきた声とするには違和感のある声だった。口で言葉を発しているのではなく、別の何かで、その魔物は私たちに向かって言葉を語りかけているようだった。これが、シレーバさんがいっていた、心に語りかけてくる声か。
その、声に、私は体を震わせた。
餌、という。
その魔物は、エルフの人たちも、獣人の皆も、多分、私のことも。そんな風にしか、認識していない。
薙ぎ払われた幾人かが、倒れ伏してしまっている。それだけの、結果を、声をかけてきた恐ろしい魔物は一瞬でなしてみせた。
その魔物は、薙ぎ払った皆に追い打ちをかけるといったことはなく、言葉をかけている。それは、その魔物がそれだけ余裕を感じているからだとわかる。目の前の魔物は、私たちという存在をどうとでも出来る存在だと、相手にならないと感じているからではないか。なんて、恐ろしいのだろうか。
《このような獣の力を借りれば私を倒せるとでも思ったのか。私も甘く見られているものだ》
声が響く。何処までも、落ち着いている声。
その魔物が声をかけている間に、なぎ倒されていた皆が起き上がる。シレーバさんが、睨みつけるように魔物を見ている。
「――――奇襲は失敗したか、しかし、我らは、貴様の餌などではない!!」
《餌ではないというならば、なんだというのだ。餌でしかない分際で、何をわめく》
餌。餌としか、その魔物は言わない。――――餌。食事。生物なら当然しなければならないこと。私だって、何かを食べて生きている。私が木の実とかを、食べ物と認識して、食べているように。この魔物も、私たちを食べ物としか認識していないのだろう。私たちが狩りをしようとして、その存在に反撃されるのと同じように、この魔物は私たちを狩ろうとして、私たちに反撃されている。
―――そう考えると、この魔物も、ある意味私たちとは一緒なのだ。でも、私は私の大切な人たちには笑っていてほしい、仲良くしたい人たちのための力になりたい、そして、皆を失いたくない、そう思ってる。だから、この魔物を倒す。それは、自分勝手な考えかもしれない。だけど、私は―――失いたくない、と望んでいるから。
《まぁ、良い。それならば餌としての自覚をもってもらうだけだ》
そんな、恐ろしいことを、その魔物は言ってのけた。その魔物は、シレーバさんへ、その茎を伸ばす。その目の前に立ちはだかるのはドングさん、オーシャシオさん、シノルンさんだ。
シレーバさんは、魔法は使えても、身体能力は低い。それが、エルフという種族の特徴でもあるから、あの魔物に捕まったらひとたまりもないかもしれない。その前に、三人が立って、長剣で対応する。先ほどは薙ぎ払われてしまったけれど、剣で、その魔物が切れないわけではないらしい。ただ、その身体は硬いみたいで切断することが中々出来ないみたいだった。
魔物は、シレーバさんを食べてしまおうと考えているようで、他のものに手を出さない。でもそれは手を出せないのではなく、出さないのだろう。こうして、魔物が油断しているうちに、どうにか出来ないだろうか? そう考えている私の視界で、魔物の後ろから襲い掛かる人がいる。でも、その人は後ろにでも目がついているのかと思うほどの速度で魔物に対処されていた。
視界に映る魔物は、餌として私たちを見ていて。私たちを全滅させようとは考えていないのだろう。全滅させる気があるのならば、とっくに目の前の魔物は私たちを、食べていけることだろう。ドングさんたちも、その魔物にとって障害にはならなかったのか、シレーバさんへと、その茎は伸びる。そしてシレーバさんを絡め取ろうとするが、次は別の皆がそれを阻む。阻むもの、とびかかるもの。だけど、中々その場は動かない。……あの魔物、遊んでる? 植物の魔物に表情といったものがあるかどうか分からないけれど、そういう顔をしているように見えた。
何のために? シレーバさんを狙っておきながら、中々シレーバさんをつかめられないふりをしているのは何故? そして、最初に薙ぎ払われた後に空に飛んでいるグリフォンたちやシーフォが、魔物の様子を窺いながら警戒しているのはどうして? 何かのタイミングをはかっている? シーフォは火の魔法が使えるからそれを使ってはどうかという提案もあった。でも、炎で精霊樹まで燃やしてしまっては問題だからってことになった。だから火の魔法を使おうとしているわけではないと思う。
そうしているうちに、誰かが、その魔物の巨大な茎をどうにか切断出来たようだ。切断出来たことに、歓喜の声が上がる。その、切断された太い、一部は、ころころと、こちらへと転がってくる。もっと魔物に攻撃をと、気合いを入れて皆が飛びかかる中で、空にいたグリフォンたちやシーフォは、そのこちらに転がってくる茎から視線を逸らさない。そして、茎が、ひとりでに動いた。私たちの、すぐ近くで。
その茎めがけてとびかかってくるのが、レイマーである。レイマーは、とびかかって、ひとりでに伸び、こちらに向かってくるそれを、その爪で押さえつける。その拘束から逃れようと暴れる茎が、地面をえぐる。こちらを狙っていた? 距離を置いているというのに、気づいていた? 魔物の方を見る。
――――目が、合った気がした。
《そこの娘、美味しそうな魔力をしているな》
声が響く。恐ろしい声。周りを見る。一緒に居るガイアスたちには聞こえていないようだった。ガイアスが、私のことを心配そうに見ている。
私に、話しかけている。私の魔力が、美味しそうなどと言っている。……そっか、心に話しかけている言葉なのだから、最初の餌などといった魔物の声が聞こえた時点で、あの魔物は離れている私たちのことまでちゃんと把握していたってことなのか。
《お前が食べられるのならば、他のものは見逃してやっても良い》
その魔物は、私にむかって語りかける。
《――――私に食われろ。その極上の魔力を、私によこせ。そうすれば他のものは、ひとまず殺さないでいてやるぞ、娘》
魔物は、いう。恐ろしく低い声で。
《早く私に身を捧げるが良い。捧げないのなら……》
魔物は、私の目の前で、シレーバさんを絡め取った。そして、近くへと引きずりこもうとする。
《この者、食らうぞ》
魔物は、そういった。
―――――少女と、魔物退治 2
(多分、神子な少女にその凶悪な魔物は語りかける。その身を捧げよと、その身ごとよこせと。少女は、それに対して――――)




