少女と、女性 2
”アリス様”と、女性は口にした。
アリス、とは姉の名前だ。その名は生まれ育った村で、何度も何度も連呼されていた名前だった。
この人は姉のことを知っている。でも村で見た記憶はない。というと、姉が連れられて行った先で姉と出会った人だろう。
姉がどこに連れて行かれたかも、私はちゃんとわかっていないからこの人が何処から来たのか分からないけれど。
「そうなら……どう、するの?」
じっと、女性を見つめ返して問いかける。
女性はその答えに、慎重に答えを選びながら口を開く。
「どうも、しませんわ。ただ、そうであるならば何でもするのでこの村に私をおいていてほしいと思っております」
「どう、して」
私が姉の妹であるというのならば、この村においてほしいなんて、どうしてなのだろう。
「……貴方様が、神子なのではないかと思うからですわ。私は神子についての研究をしていたのです。ですから、神子かもしれない貴方様の側に居たいのです」
「違う、かもよ?」
神子、なのかもしれないという気持ちはあるけれど、本当に神子なのかなんてわからない。
「それでもかまいませんわ。私は貴方様に興味がありますもの」
女性は、私に目線を合わせたまま、にっこりと笑った。
私に興味があるらしい。なんとなく、悪い人ではない気がする。
「そう……」
「ええ」
「私、妹」
「やっぱり!」
「名前、レルンダ」
「レルンダ様ですね」
女性はにこにこしているけれど、レルンダ様なんて呼ばれるのは何だか嫌だ。
「レルンダ。様、いらない」
「でも……」
「神子、分からない。私、それ、や」
本当に神子であるか、などということは分からないことだ。何だかんだで一人で村を出ても命の危険にさらされることもなく、グリフォンたちと仲良くなって、それでいて獣人の村に行きつくという幸運に私は恵まれていたけれど……、本当にそういう存在であるかなんてわからない。
そもそも、そういう存在だったとしても様付で呼ばれるの、何だか嫌。距離があるの、嫌。仲良しの方がいい。
「……わかりましたわ。では、レルンダ、ですね」
「ん!」
女性が名前を呼んでくれたことに何だか嬉しくなった。
「神子かも、秘密」
「秘密?」
「ん。かも、だし」
かもしれない、でそうであるという風には言えない。それにそういう存在だったら何だか色々変わっていく気がして何だか嫌だから。
「名前」
「名前?」
「名前、教えて?」
「ああ。申し訳ございません。自己紹介がまだでしたわね。私の名前はランドーノ・ストッファーと申します。ランドーノが名前で、ストッファーが家名にあたります」
「じゃ、ランさん、でいい?」
「呼び方でしょうか。構いません」
女性――ランはそういって優雅に笑う。
「ラン、なんで、一人、森?」
名前が長い。昔おじいさんが家名がある人は偉い人だって言ってた。どうして偉い人が一人で森にいたのだろうか。
行き倒れるほどまで大変な目にあっていたのだろうか。
目の前のランを見る。ランさんは、上等なローブを羽織っている。売ったら高そうなそれが、土で汚れている。行き倒れていたというのもあって、身体もやつれている。腕には白い布が巻かれていて、怪我でもしたのだろうか。
ランさんは紫色の髪を肩ぐらいまで伸ばしている。目は綺麗な水色で、空みたいだなって思った。
「王都とアガッタからの追放を言い渡されまして」
「追放? 大変。あと、アガッタ、なに?」
王都というのは、なんとなくわかる。王様が住んでるところ。でもアガッタって?
「アガッタは大神殿のある大都市になります。私はそこで神子様の教育係をしていたのですが、上手くいきませんでした。挙句、雷が続いたり、日照りが起きたりといったことが起こり、それが神子の起こした神罰なのではないか、と噂され、神罰を恐れた国に追放を言い渡されました」
「そう、なの?」
姉の教育係をしていて、上手くいかず、悪いことがおこって、追放されたってことなのかな。
「ただ、私は散々彼女に勉強をするようにいって不興を買ったにもかかわらずにこれといった神罰は起こっておりません。本当に神罰というものがあるのならば、私は今頃死んでいたでしょう」
ランさんは淡々とそういっているけど、神罰、というものが本当にあるなら怖い。神子が怒ったら、神子を怒らせた相手にそんなものが下るというのならば、私が何かすればそういう目に誰かが合うのだろうかと不安になった。尤も、私が神子ならば、の話だが。
「レルンダ、それでですね。私は王都とアガッタから追放を言い渡されたわけですが、あの国はもう駄目なのではないかとそう思い至ったので国を出ようと考えました。その前に神子の育った村を見たいと思い、村に行きました」
私の生まれ育った村。
姉のことを第一としていて、収穫物とか姉に貢いでいた。立ち寄った商人が辺境の村にしては裕福な暮らしをしているといっていた記憶がある。作物が出来やすかったみたいで、生活をしていくための最低限のことを終えたら、村人たちは姉を構っていた。私がその様子をちょっとちら見していただけで「こっち見るな」と怒鳴られたから。
村人たちは私を嫌っていた。姉の妹として相応しくないと言っていた。両親も特別な姉だけを可愛がっていた。私はただ何となく生きていた。この獣人の村では、何がしたい、とかそういう気持ちがわいてくるけど、そういう気持ちさえも生まれ育った村ではわいてこなかった。そんな自由はなかった。私にとって生まれ育った村が全てだったから、村の外に飛び出ることも、考えてなかった。おじいさんの記憶はよく覚えているけど、他の人はあまり覚えていない。
「私はそこで虫害により作物が駄目になっていることを知りました」
「え」
「何を驚いておられるのですか?」
「ほんと、私のいた、ところ?」
そう思ったのは、私の知る限りそんなことで作物が駄目になったという記憶が一切なかったからだ。そもそも、生活が苦しくなれば私は真っ先に食い扶持を減らすために殺されたことだろう。
「そうです。レルンダが居た時は、そんなことありませんでしたか?」
「ん」
「ふふ、やっぱり。私はそれでやっぱり、アリス様が神子ではないのではないかと思ったのですわ」
私の言葉を聞いて、ランさんは嬉しそうに笑って続けた。
「”神子は神に愛されたものである。故に神子がいる土地を神はすたれることは許さない”」
「なに、それ?」
「教会に残されている一文ですわ。過去に神子が世界に現れたのは最近でも百年も昔の話になります。だから神子に関する情報は少ない。だけれども、神子にまつわることは残されております。私は神子について研究していく中で、神子の愛した土地はすたれないということを学びました。神子が離れた土地でも、神子が愛し、慈しんだ土地では作物が育ちやすかったり、環境がとてもよくなるようなのですわ。そもそも、神子の影響範囲は広いとされております。神子が所属している国は少なくとも悪天候などによる被害が減るといわれているの。国全体で、です」
「……そう、なんだ」
神子、って私が思っているよりも、ずっとずっと大きな存在みたい。話を聞きながらちょっとびっくりしている。
「上層部は神子を怒らせた神罰で雷などが落ちているといっていましたが、それは違うように思えました。そもそも本当に神罰があるなら、私にまっすぐに下るでしょうし。ところで、レルンダ、この村はとても環境がよいでしょうか?」
「ん」
「生まれ育った村と同じように作物などが育つでしょうか」
「ん、そう」
「なら、やっぱりレルンダの生まれ育った村が今まで環境が良かったのはレルンダが居たからだと私は思いますわ。レルンダがこうして獣人の村にきて、ここは良い影響を与えられている。やっぱり、私はレルンダが、神子なのだと思いますわ」
ランさんはそういって笑った。
「そう……」
「ええ」
「……ランさん、神子、詳しい。おし、えて?」
「ええ! もちろん、良いですわ! でもあとにしましょう。獣人たちの顔が恐ろしくなっているから……」
といわれたので、ガイアス達の方を見る。じっと、こっちを見ている。
「ところで、私を途中まで連れてきたあのグリフォンや、このスカイホースは……」
「私、契約」
「まぁ、凄いわ」
ランさん、キラキラした目で私とシーフォを見ている。
私はその様子を見て、ガイアスとアトスさんを手招きする。
「レルンダ、大丈夫か?」
「ん」
ガイアスに真っ先に聞かれて、返事をした。
そんな私たちの隣で、アトスさんとランさんが会話を交わしている。ランさんがアトスさんにこの村に住まわせてほしいと頼み込んでいた。アトスさんは難しい顔をしていた。
でも何度も何度も頼み込むランさんは、条件付きでこの村に住むことになったらしい。
――――少女と、女性 2
(多分、神子な少女は女性から神子の話を聞いた)




