少女と、卵 2
「ピキイイ?」
黒目が私の方を向く。私のことを見て、不思議そうに頭をかしげる様子は可愛い。
ドウロェアンさんはしゃべることが出来たけれど、まだ生まれたばかりのこの子は人の言葉を話すことが出来ないようだ。
でもドウロェアンさんの知識を所持しているというのならば、そのうち話せるようになったりするんだろうか。
あ、でもこの子が契約を交わしてくれるのならば、それで私は会話が交わせるようになるか。
私はその子に近づいていく。その小さなドラゴンは私のことをじっと見つめていて、目をそらすことはない。私の手の中に抱え込めるぐらいにまだ小さなドラゴン。
だけど、小さくてもドラゴンはドラゴンだ。この子は、多分、私よりも強いんじゃないかって思う。グリフォンたちは、はらはらしたように小さなこの子を見つめている。
「……私は、レルンダ。どれだけ記憶があるのかな? 私ね、ドウロェアンさんから貴方をもらったの」
知識はあるとはドウロェアンさんは言っていたけれど、実際はどのくらいこの子が色んな事を知っているのか分からない。一先ず生まれてすぐにこんなに大勢に囲まれて、この子は戸惑っているんじゃないかって思った。
私も視界が開けて、すぐにこんなに大勢に囲まれていたら驚くもん。
だから、まずは敵じゃないよって示したくてその子に向かって笑いかけた。怖くはない。小さなドラゴンだろうとも、この子には嫌な感じが全くしないから。
「ピキイ」
「だから私と仲よくしてくれると嬉しいな」
「ピキ!」
私の言葉に、小さなドラゴンは力強く鳴いた。
これは了承の意味って、とっていいのかな? そう思いながら、小さなドラゴンに声をかける。
「良かったら、名前をつけて契約を結んでもいい? もし嫌だったらいいんだけど……。契約を結べたら……、お話も出来るから」
「ピキイ?」
「結んでから嫌だったら解除してもらっても構わないから、どう?」
ドウロェアンさんは嫌だったら分体である目の前のこの子は、無理やりでも契約を解除する事が出来ると言っていた。
だからそれを口にする。
小さなドラゴンは考えるような仕草をした。ドウロェアンさんの記憶を思い起こしているのかもしれない。知識はあっても生まれたばかりならばすぐに色んなことに思考が行かないだろうし。
もっとゆっくり考えてもらってから、契約を結ぶかどうか決めてもらった方がいいのかな、と思っていたらとてとてとその小さなドラゴンが私に近づいてくれた。
そして「ピキィ」と鳴いて、私にその小さな前足を差し出してくる。
「ピキピキ!」
「えっと、契約結んでくれるの?」
「ピキイィ!」
「本当に、大丈夫?」
「ピキ!」
どうやら契約を結んでくれる気で、前足を差し出してきたようだ。
何度か確認をしたが、大丈夫なようなので私は口を開いた。
「じゃあ、貴方の名前はドアネーア。よろしくね」
そう口にした瞬間、契約がなされたらしく、私の体から魔力が抜けていく。なんか、グリフォンたちやフレネと結んだ時よりもずっと多くの魔力が失われていく感覚がある。
だけど、なんとか、意識を失うことはなかった。流石、ドラゴンって言った所なのだろうか。
「ピキィィイィィイィイイ(我はドアネーア。よき名前だ)」
……声が聞こえてきて、一番びっくりしたのは一人称が我な事だった。
ドウロェアンさんの分体だったから? いや、でもドウロェアンさんは一人称俺だったからなぁ。ドアネーアの性格なのかな?
「抱っこしてもいい?」
「ピキ!(良い)」
了承をもらえたので、その体を抱える。生まれたばかりなのに結構重い。それにしても鱗、すべすべで気持ちが良いなぁ。思わずなでなでしてしまう。
そしてドアネーアを抱っこして周りを見れば、ビラーさんがひざまずいていた。そして感涙している。ええ……泣いてるよ、とびっくりした。
「こんな、こんな……っ。神の生まれる場に立ち会えるなんてっ……なんとっ」
「ピキピキイイ(なんぞ、こいつ)」
「……ドアネーア、ビラーさんたちのことはちゃんと説明もするから、ひとまず気にしないでいいよ」
生まれたばかりのドアネーアは知識はあってもきっと分からないことが沢山あるはずだ。なら、とりあえずビラーさんたちが全員が全員こうな事はちゃんと時間をかけて説明していこうと思う。
自分は神様だって、この子が思い込んで色々問題になっても困るし。
「ビラーさん、ドアネーアは一旦家に連れて帰るね。ランさんたちにも報告したいし、お話もしたいから」
「わかり……っ、ました」
返事をする声も涙声だった。
「俺も行く」
「ぐるぐるるるるる(僕達も一緒に)」
ガイアスとグリフォンたちも一緒に私の家に向かってくれるようだ。
ビラーさんのことは……あ、イルームさんがやってきて、「わかります。神と言える存在が目の前にいればそのようになりますよね。私もレルンダ様が目の前にいらっしゃったときには――」となんか共感していた。
……シェハンさんや他の獣人の人たちもいるし、任せておいていいかな? 私はこちらに視線を向けたシェハンさんによろしくお願いしますって意味を込めて小さく頭を下げた。そしたら頷いてくれたので、私はドアネーアを抱えて、家へと向かうのだった。
――少女と、卵 2
(神子な少女は、小さなドラゴンと契約を結んだ)




